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- アボリジニ文学に文化の多様性を見る(佐藤 渉 准教授)
私はアボリジニ文学を含むオーストラリア文学を研究しています。近代オーストラリアの起源は18世紀末の大英帝国による植民地建設にさかのぼります。一方、この大陸には5~6万年も前から今ではアボリジニと呼ばれている人たちが、多くの部族に別れ移動生活をしていました。ヨーロッパ人による入植に伴い、先住民に対する迫害や虐殺が繰り返されました。さらにオーストラリア政府は、混血のアボリジニの子供を親族から隔離し、生活様式の西洋化・英語の使用などを強制しました。強制隔離された人々は「盗まれた世代」と呼ばれています。こうして多くのアボリジニ集団で伝統文化が失われていったのです。やがて、アメリカ合衆国で公民権運動が生まれ、その影響を受けて世界的にマイノリティの権利意識が高まります。この時期のアボリジニ活動家が、被支配者の視点で歴史を再構築し、コミュニティの認知・権利を向上させるために文学という手段を用いたのが現代アボリジニ文学の始まりです。
70年代以降、オーストラリアでは多文化主義が浸透し始めました。アボリジニの社会的な地位も向上しつつあります。67年の国民投票でアボリジニを人口統計に加える憲法改正が行われ、92年には土地権に関して先住権原が認められました。とはいえ、現代社会では伝統文化をそのままの形で維持することは困難です。文学においても英語という本来他者のものであった言語を用いているのが現状です。多民族国家オーストラリアにおいて、アボリジニ文化はどこへ向かうのか。どのような混交的な芸術が誕生するのかに注目しています。
法学部の学生にはこのような複合的な社会における文化の多様性を知ることで、日本国内の、あるいは自分の中にある多様性に気づいて欲しいですね。それにより価値観の幅が広がり、必ずや法現場や実社会で役に立つでしょう。社会的な正義感を養うためにも物事を一方向からだけ見るのではなく、複眼的な目線を持つことが必要です。色々なことを見て感じる大学生活にしてもらいたいですね。
- 19世紀後半から1970年代初頭にかけて、オーストラリアでは白人の血を引くアボリジニの子供の強制隔離と西洋化教育が行われてきました。国家調査委員会の報告によると、約10万人もの子供が親元から引き離され、州政府の運営する施設や教会のミッションなどで白人社会の言語や習慣を身に付けさせられました。西洋文化を刷り込まれた彼らですが、白人社会では差別の対象となり、アボリジニ社会からも疎外され、社会での居場所と自らのアイデンティティーを失ったのです。この事実は近年の政府調査や映画、文学を通じて広く知られるようになり、公式謝罪を求める運動が多くの非先住民の支持を得て拡大していきました。そして2008年2月13日の連邦議会において、ラッド首相がアボリジニに対し初めて公式に謝罪したのです。
- 【公民権運動】
- 1950年代~60年代にかけて、アメリカの黒人をはじめとする有色人種が公民権の適用を求めて行った大衆運動で、その結果1964年7月2日に公民権法が制定された。アメリカ合衆国市民(公民)として法律上平等な地位を獲得することを目的としていたことから、公民権運動と呼ばれる。
- 【先住権原(native title)】
- ある民族集団がある土地の先住者であるが故に有している集団的権利の根拠。1992年オーストリアにおいて、移民がやってきた時のオーストラリアは「無主の地」だったという従来の考え方を否定し、先住民たちが先住権原もっているとして世界で初めて承認され(マボ判決)、93年に先住権原法が制定された。