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新型コロナ禍では、すべての子どもたちが、
少なからずトラウマを抱えていると思ったほうがいい

取材時期:2021年

インタビュー

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  • 人間福祉研究領域石田賀奈子教授

「社会的養護を必要とする子どもや家族を支援するファミリーソーシャルワーク」の研究を始めたきっかけは?

石田

大学卒業後、児童養護施設で児童指導員として働いていましたが、そのなかで、「社会的養護を経験した子どもたちのその後」を考えるようになりました。児童養護施設には、両親に虐待された経験がある子どもや、両親から関心を向けられずに育ってきた子ども等が多数在籍していました。「幼少期の逆境体験」は、本人の成人期以降のメンタルヘルスに大きな影響を及ぼす可能性があり、18歳になるまでに適切なケアを施す必要があります。

成人後、「子どもを虐待する」「薬物を使用する」「自殺する」などの危険性がある人を「ハイリスク群」と定義すると、幼少期の逆境体験を経験した人のうち約5割がハイリスク群。一般家庭で育った人では1割程度と考えると、この数字の大きさが分かります。

若くして自殺したり、薬物依存症になったりした有名人の過去を紐解くと、幼少期に過酷な体験をしていたという共通点が見つかることがあります。しかしこれは、有名人に限った話ではありません。社会的養護を経験した人たちにも同様の生きづらさがあり、子どもの虐待などの負の連鎖につながっています。

「虐待された子どもが、成長して親になった後のことも考える」ということですね。

石田

幼少期の逆境体験がありながら、普通の生活を送っている人はたくさんいます。そういった方々は、逆境体験のあとに社会や地域で適切なケアを受けている場合が多いですね。

一般的に、児童養護施設で育った子どもは社会とのつながりが薄いと言われています。そこで、「地域のお祭りに参加する」などのさりげない接点を作り、地域住民と児童養護施設の子どもたちのつながりを育む。そうすることで、子どもたちが「施設の子」ではなく「地域の子」として社会に関わることができるのです。

また、残念ながら、施設育ちの子どもに偏見を抱いている人達も一定数存在します。日本人は昔から血のつながりを大切にしていて、身元が確かでない人を「どこの馬の骨か」と言ったりもします。これらもまた、養子や施設育ちの子どもたちの肩身を狭くしている要因です。

今、福祉の現場に求められていることとは?

石田

日本では、現場に出ると業務に手一杯になってしまうことが多く、根本的な問題解決が後回しになってしまう傾向があります。例えば、逆境的小児期体験を抱える子どもたちの問題解決には社会とのつながりが不可欠ですが、現実には、目の前の仕事に忙しい先生たちにつながりを持つ余裕はありません。

多くの社会福祉施設は税金で運営されているので、税金をどう使用して、どんな成果が出たかという説明責任を果たす必要があります。その際、「何人が高校に進学したか」などの数値に加えて、数値で表せない、子どもたち一人ひとりの人生を描くことも重要です。

日常生活で研究を生かせそうな場面はありますか。

石田

新型コロナ禍で感じるのが、「みんながしんどい思いをしている」ということ。これは、大人だけでなく子どもにも言えることで、子どもだって、3歳なら3歳、7歳なら7歳なりに世界を見ている。2020~21年に生きるすべての子どもたちは、少なからずトラウマを抱えていると思ったほうがよさそうです。

今までの当たり前を失い、知らない日常が戻ってくるストレスもあると思います。コロナ禍の学校給食では、一人ひとりが机に向かって黙食するのが当たり前になっていますが、2020年以降に入学した小学生にとってはそれが日常で、これまでの学校給食のスタイルが戻ってきた時に逆にストレスを感じてしまう可能性もあります。

コロナ禍が落ち着いたとしても、以前の生活にすんなりと戻るのは難しいと思います。大人は、子どもたちのストレスに目を向けておく必要があります。そこに、これまでの研究や知識を役立てられたらと思います。

どんな院生がいますか?

石田

現在、研究室には日本人の社会人と、中国人の留学生が2人ずつ所属しています。社会人院生の1人は助産師、もう1人は保育園の経営者で、2人とも、「現場経験をいかに研究に昇華するか」に関心を持っており、私自身も学びを得ることが多いです。

中国人院生の1人は児童養護施設、もう1人は児童養護施設に入所している海外をルーツに持つ子どもたちへのケアに関する研究をしています。

大学教員として、新たな人材を育てることも社会への還元につながります。2021年度の石田ゼミの卒業生も、私がもともと働いていた児童養護施設に就職しています。

社会学研究科のおもしろいところは?

石田

社会で起きているさまざまな現象を、メディアや教育、スポーツなどのさまざまな切り口から捉えようとしている人たちが集まっていること。福祉以外の切り口から意見をもらって、広い視野を身につけることができます。

福祉業界では当たり前の言葉やロジックも、業界が違うと通じないこともあります。「社会に発信したい」と考えると、あらゆる業界の人に伝わる言葉やロジックを選んでいく必要があります。自分とは立場が異なる人たちと交流し、共に学んで行けるのが、社会学研究科の魅力です。