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基礎年金をベーシックインカム化
老後の不安、貧困をなくす

取材時期:2021年

インタビュー

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  • 人間福祉研究領域鎮目真人教授

「年金」を研究テーマにするようになったきっかけは?

鎮目

90年代の終わりごろ、研究雑誌の編集者から「年金について論文を書いてみませんか」と誘われたのが始まりでした。

もともと貧困問題に興味があって、そのなかでも高齢期の貧困に対して問題意識を感じていました。高齢期というものは、これまでの生き方が集約されて現れてくるもので、人によっては悲惨な状況になりかねません。そのため、社会的な施策が重要になると感じていました。

年金制度は、研究者の私から見ても複雑で分かりにくい構造をしています。受給者のライフステージやライフスタイルに応じて給付内容や保険料も変化し、将来的に変化していく可能性もある。日本ではほとんどの人が年金制度に加入していますが、年金の仕組みを完全に理解している人は少ないと思います。複雑な制度の分析もまた、自分のやりがいにつながっています。

基礎年金をベーシックインカム化する可能性は?

鎮目

日本の公的年金は「2階建て」制度。1階部分に日本国内に住む20歳以上が加入する「国民年金(基礎年金)」があり、2階部分に会社などに勤める人が加入する「厚生年金」が乗っかっています。私は、この2階制度のうちの1階部分、つまり基礎年金をベーシックインカム化し、老後の不安や貧困をなくせばいいと考えています。

現在、基礎年金には3つの給付制度があります。1つは、老後65歳以降の生活を保障する「老齢年金」制度。2つ目は、一家の働き手を亡くした遺族の生活を保障する「遺族年金」制度。3つ目は、自身が障害状態になった場合の生活を保障する「障害年金」制度です。

これら三つの給付を受けるには一定の拠出条件があるため、本来なら保障を受けてしかるべき人が漏れているケースも存在しています。しかし、現在の保険をベースにしたシステムでは、こうした漏れをなくすことはかなり難しいと思います。基礎年金をベーシックインカム化すれば、現在これらの制度から漏れている人達も網に掛けることができるでしょう。

日本には経済的な困窮者を支援する「生活保護」制度もありますが、最終的に生活保護で保障するのであれば、最初からベーシックインカムで保障する方が良いという考え方です。

ベーシックインカム化で新たな問題も立ち上がる?

鎮目

基礎年金のベーシックインカム化が反対される理由は、大きく2つあると考えています。1つは、「ベーシックインカムで生活が保障されることで、国民が働かなくなるのではないか」というもの。もうひとつが、「ベーシックインカムにかかる莫大な費用をどこから捻出するのか」です。

ひとつ目の「働かなくなる論」について、私は、「ベーシックインカムが国民の勤労意欲を奪う可能性はない」と考えています。ベーシックインカムは、カナダやフィンランドで実験されていますが、「人々が働かなくなった」という報告はありませんでした。

というのも、ベーシックインカムの給付額は贅沢できる水準ではなかったので、給付金だけで自分の生活に満足できる人は少なかった。逆に、生活のベースを保障されているという安心感から、起業などのチャレンジングな活動を行う人々が生まれました。こうした実験結果から、働かなくなる論は否定できると思っています。

「ベーシックインカムにかかる莫大な費用をどこから捻出するのか」はどうですか?

鎮目

財源論に関しては、ベーシックインカム論者は、「既存の制度をベーシックインカムに振り替えることで、実質的な負担を抑えることができるのではないか」という反論を持ち出します。生活保護や失業保険、児童手当などの資金を充てることで、財源を工面するという考え方。しかし、相当ドラスティックな改革であることは間違いなく、私自身は全面的なベーシックインカム化の実現は当面難しいと考えています。

現実的なのは、出来る範囲でベーシックインカムに近い制度を作り、段階を踏みながら改革を進めていくというアプローチ。基礎年金の場合はすでに半分を税金でまかなっているので、ベーシックインカムに近い制度も始めやすいと思います。

鎮目先生のゼミの院生はどんな研究をしていますか?

鎮目

院生の研究テーマはバラバラで、家族社会学的な視点から研究を進めている院生もいれば、中国の年金制度の研究をしている院生もいました。

中国の年金制度は、国ではなく日本の都道府県にあたる省が管理運営しており、職業ごとに細かく分かれています。省や職業によって給付水準にも違いがあるため、生活保障にも格差が生じています。同時に厚生年金のようなものがあって、保険料の納付金額に応じて年金の給付金額が決まっていくという仕組みもあります。この部分は、日本の年金制度とも似ています。

院生の指導をする上で、自分自身が学ぶことも多いです。中国の年金制度を研究していた中国人留学生からは、中国の年金制度の仕組みや、貧困の状況などの情報を学ぶことができました。

社会学研究科のおもしろいところは?

鎮目

日本の研究者は、諸外国に比べてタコツボ化していると感じます。分野ごとに垣根があって、各研究者間の砦も高い。社会学研究科には、他分野の研究者とコラボレーションできる土壌があるため、学際的研究が進めやすいという側面があります。

最近、年金から視野を広げて、「日本の福祉国家そのものの在り方」への関心が芽生えてきました。これが現在の私の研究テーマのひとつで、さまざまな研究者とコラボレーションしながら研究を進めています。

コラボレーション相手には、自分と同じ社会福祉学者に加えて、政治学者も含まれています。日本の福祉レジーム論には、政治学者がリードして分析を進めてきた背景があり、その恩恵にあずかることで、今まで見えなかったものが見えてくるようになりました。お互いの強みを生かして共同研究を進めることで、自分の視野が大きく広がると実感しています。