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「ライフスタイルスポーツ」を、
社会との新しい接点として捉える

取材時期:2021年

インタビュー

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  • スポーツ社会研究領域市井吉興教授

研究テーマの「ライフスタイルスポーツ」について教えてください。

市井

ライフスタイルスポーツというと、初めて聞いた人は「生涯スポーツ」などの言葉を思い浮かべるかも知れませんが、生涯スポーツは英語で「ライフロングスポーツ」。ライフスタイルスポーツとは、1960年代ごろにアメリカで誕生した新しいスポーツです。

東京オリンピックで初めて公式種目となったスケートボードもそうですね。ほかにも、サーフィンやスポーツクライミング、BMXなどがそれにあたります。一昔前、これらはスポーツ関係者から、「あんなのは競技(スポーツ)じゃない」と言われることもありました。こうしたスポーツが一般に認められ、オリンピック競技に採用されるようになってきた背景などを研究しています。

どんな経緯で研究するようになったのでしょうか。

市井

2011年に立命館の専任教員に着任し、スポーツ文化に関する授業を担当しています。2013年ごろだったかな、ゼミ生が「ビアポン」に関する卒業論文を書いたのをきっかけに、近代スポーツの範疇に収まりきらないスポーツ、つまり、ニュースポーツやライフスタイルスポーツに深く興味を持つようになりました。

諸説ありますが、1950~60年代にアメリカで誕生したビアポンは、テーブルの両端にビールが入ったカップ、もちろん私の授業では水ですが(笑)、を置いて、カップの中にピンポン玉を投げ合うという競技です。大学の寮生が「ビールジョッキにピンポン玉を投げ入れたらおもしろいんじゃないか」と、始めたそうです。ビアポンの話題はゼミ内でも盛り上がり、自分達も新しいスポーツを作ろうという話になりました。

ライフスタイルスポーツの成り立ちを教えて下さい。

市井

ライフスタイルスポーツが誕生した60年代のアメリカは、カウンターカルチャーの全盛期。アメリカには、野球、アメフト、バスケ、アイスホッケーをはじめとしたさまざまなスポーツがありますが、「本当にやりたいスポーツがない」と不満を感じる人たちも多かったようです。そんななか、自分達でスポーツを作り始める若者たちが現れました。

例えばアメリカはスケートボードの発祥地ですが、そもそも「おもちゃ」として開発されたものに愛好家らが改良を加えて、アグレッシブに滑ることができる現在の形に発展させていったのです。学部のゼミではこうしたスポーツの歴史の研究なども行っていて、ライフスタイルスポーツとスポーツを作ることを結びつけて考えています。もしかしたら、「新しいスポーツを作っている変なゼミ」と認識されているかもしれません(笑)。

スケートボードはオリンピックで盛り上がりましたよね。

市井

先の話を少し詳しく説明しますと、スケートボードには大きく2つのルーツがあって、1つは平べったい板にホイールを付けたもの。もう1つはハンドルのようなものを付けて車のようなデザインにしたもの、あえて言うならば、現在のキックボードに近いものでした。

現在のスタイルは前者を発展させたもので、「海ではなく丘でもサーフィンに近いことをやろう」という考えからホイールの改良に乗り出したようです。60年代後半くらいから70年代前半にかけて、ホイールを地面に食い込ませてターンしたりスピードを上げたりするといった技術的なことが確立され、現在のスタイルができあがってきました。

スケートボードは、愛好者が育ててきたスポーツ。プレイヤーらは、オリンピック種目に採用されるとは夢にも思っておらず、一部の人たちがIOCに働きかけを行ったというプロセスがあります。一方、競技団体がスケートボードのスタイルを定めたことで、「これは自分たちのやり方ではない」と反発心を持つプレイヤーも生まれてきました。また、「スケートボードはストリートでやるもの」という考えも根深く、パークでのプレイを否定した人も多かったようです。

もちろん、「オリンピックに採用されることで裾野が広がった」という見方をしたプレイヤーもいました。オリンピックに採用されたからこそ、「安全なプレイ環境を確保する」などの課題も見えてきたと思います。

大学院のゼミではどのような研究をされていますか?

市井

ライフスタイルスポーツについて考えたり、スポーツの見方を変えたりといったテーマが多いです。留学生は「レジャーアクティビティーと高齢者の社会参加」に興味を持っているケースが多いので、そのあたりを掘り下げることもあります。

中国や韓国は経済成長が著しい一方で、高齢化率も高まっています。そこで、医療福祉のシステムや、シニア期の生活に対して興味を抱く人達が増えてきました。引退後の生活を豊かにするという視点で、レジャーアクティビティーに注目しています。

近年、高齢者のイメージも変わり始めていて、現在40~50代の人々、いわゆる、私も含めた中年層は、「自分は老人らしい老人にはならないぞ」と考えている場合も多いようです。そういった方々がシニア世代になったとき、今のシニア世代とは違う考え方やライフスタイルを実践する可能性が高い。スポーツに関する見方も変わるはずなので、そうした観点から定年後のレジャーアクティビティーについて考えていきたいと思っています。

最近の興味について教えてください。

市井

新型コロナウイルスの流行には、考えさせられるものがありました。巣ごもりやソーシャルディスタンスが推奨され、緊急事態宣言下は、スポーツもレジャーも不要不急な存在として、後回しになりました。そして多くの人々がそれを、「しょうがない」と受け入れていました。レジャーには、音楽鑑賞や映画鑑賞、観劇などが含まれるので、これらの視点を掛け合わせながら新型コロナウイルスについて考えていくのも重要だと思います。

日本のレジャーブームはバブルの時代に到来しましたが、同時に過労死も問題になりました。自分が研究をするうえでも「労働とレジャーの関係は大切だ」と思うことが多々あります。しかし、例えばワークシェアリングを実現するとなると、「雇用をどう守るか」などの問題も浮上してくるでしょう。理想は、賃金を抑える替わりに福祉厚生を充実させて、その上でさらに仕事(副業)をしたり、レジャーを充実させたりと選べるようにすることです。

ところが、世の中には「レジャーは欲しいが賃金が減るのは嫌だ」と考える人も多く、なかなか議論がかみ合いません。こうした社会の見方に対して、スポーツやレジャーの視点から良い意味で違う答えを出していければ良いなと思っています。

研究のなかで、社会的課題の解決につながりそうなことは?

市井

最近注目しているのが、プロのスケートボーダーが開発途上国の若者支援のために立ち上げているスケートボード関連のNPO。アフガニスタンにもスケートパークが設立され、一躍、現地の若者の人気スポーツになりました。

東京オリンピックの南アフリカ代表選手に選出されたダラス・オーバーホルツァー氏も、南アフリカにスケートパークを設立し、子供たちにスケートボードを教えています。ライフスタイルスポーツを通じて、子供たちの自己肯定感を育むことにつなげようとしています。社会とスポーツの新しい接点としてライフスタイルスポーツを捉えることで、研究にも新しい視点を持つ余地が生まれると思っています。

社会学研究科のおもしろさとは?

市井

のびのびしていると思います。「よそでこの研究をやるのは難しいだろうなぁ」という研究もあります。院生が本当にやりたい研究をするにあたって、最低限必要な「お作法」を身につけなければなりませんが、あとは好きに研究に打ち込める環境にあると思います。