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歌舞伎町の研究を起点に掘り下げる
「都市」「人」「客引き」「食」の関係性

取材時期:2021年

インタビュー

歌舞伎町の研究を起点に掘り下げる<br class="pc">「都市」「人」「客引き」「食」の関係性のサムネイル
  • 現代社会研究領域武岡暢准教授

歌舞伎町をテーマにした研究について、歌舞伎町に興味を持ったきっかけは?

武岡

具体的に歌舞伎町という街に興味を持ったのは、2010年前後に新宿区が主催していた「歌舞伎町ルネッサンス」という取り組みがきっかけです。歌舞伎町を歩いている際に偶然そのフラッグを見つけ、そこから、「都市的な研究対象」として歌舞伎町に興味が湧いてきました。

社会学には、都市を対象とした都市社会学や地域を対象とした地域社会学などがあり、もともと、都市社会学に興味がありました。しかし、日本の都市社会学では町内会や自治体、住民が研究対象になることが多く、いかにも「都市的」と言えるような対象があまり取り上げられていないように当時の自分には感じられました。そういういかにも「都市的」な現象を研究したらどうだろうと考えたわけです。

そこで、まずは歌舞伎町のフォーマルな部分、つまり自治体や商店街の人々が、歌舞伎町という街にどう向き合おうとしているのかという観点から研究を始め、それが修士論文のテーマにもなりました。

どんな研究を行ったのですか?

武岡

主に、インタビューと参与観察を行いました。歌舞伎町に「歌舞伎町商店街振興組合」という振興組合法人があり、新宿区ともおおむね協力して街作りに取り組んでいました。最初は、その組合の活動に参加することから始めました。

振興組合のメンバーは、主に歌舞伎町で昔から商売しているおじちゃんやおじいちゃんたち。飲食店やビルのオーナーが中心です。私自身は風俗産業には明るくありませんでしたが、そこでホストクラブの方に紹介してもらったりもしました。

その後も、次々と数珠つなぎに歌舞伎町の人々を紹介してもらい、ホストやキャバクラのキャストさん、路上のスカウトや客引きといった歌舞伎町の人々の話を聞いて回りました。話を聞くだけでなく、ホストクラブで皿洗いをしたこともあります。

歌舞伎町ルネッサンスの成果はどのようなものだったのでしょうか?

武岡

歌舞伎町ルネッサンスには、新宿区や振興組合に加えて、地元の警察や消防など多数の組織が関わっていました。それぞれが、「歌舞伎町をよくしよう」と考えていたわけですが、深く関わることで立場の違いが明確になっていったようです。

その違いがもっとも明確になったのが、「風俗産業をどう捉えるか」についてでした。新宿区は、「自治体として法的な資金を投入する以上、「いかがわしい」施設には予算を付けられない」という立場。それに対して振興組合のなかには「歌舞伎町で街作りをする以上、風俗産業は避けて通れない」と考える組合員もいました。

歌舞伎町ルネッサンスは、「組織ごとの役割や権限だけでなく歴史的経緯や組織文化も絡まり合いながら、可能なところだけ協力し合う」という不安定とも言えるバランスの上に成り立っていました。組織ごとに考え方がさまざまで、できること、できないことがある、というのが各組織にとってはっきりしたというのが大きな成果だったと言えるかも知れません。

2016年には、『歌舞伎町はなぜ〈ぼったくり〉がなくならないのか』という本を出版されています。

武岡

あれは、博士論文のスピンオフ企画ですね。修士論文では、歌舞伎町のフォーマルな部分を中心に描きましたが、歌舞伎町を理解する上で風俗産業は避けて通れないと考え、博士課程では風俗産業を対象にした調査を進めることにしました。

風俗産業の成り立ちとメカニズムを調査するうちに気付いたのが「客引き」の存在です。次第に、「歌舞伎町が大規模な風俗産業を維持し続けられている要因のひとつには、客引きの存在があるのでは」「だからこそぼったくりの機会も生まれる」という発想が生まれ、それもまた、博士論文のテーマになりました。

歌舞伎町の客引きとは?

武岡

客引きの役割は、お店とお客のマッチング。店舗型の風俗店はその性質上、街頭などでおおっぴらに宣伝できるわけでもありませんし、紙媒体、Webメディアでの訴求力も限定的です。そこで、営業や広報のような役割を補完的に担っているのが客引きです。

歌舞伎町には非常に多くの店舗がありますが、訪れる人の大半は、下調べをせずやってきます。人びとにとっては情報へのニーズがある状態で、ぼったくり店や客引きにとっては絶好のビジネスチャンスが生まれているというわけです。

この、ぼったくり文化は遅くとも江戸時代から存在しているようです。当時、宿場町にやってきた客を宿場に案内する「宿引き」という言葉があり、今の歌舞伎町の客引きの役割を担っていました。強引な宿引きの存在は当時から問題視されていたようです。

現在の興味は、「仕事と都市」「食と都市」といった領域に広がりつつあるようですね。

武岡

歌舞伎町には居住者が少なく、外部からやって来る労働者によって街が形成されています。つまり、住民に注目するだけでは不充分で、そこで働く人びとによってこそ成り立つ街を捉えようと考えました。私は、「仕事から都市空間を記述する」という課題に関心があります。

労働社会学や産業社会学でも同様の見方ができますが、これらの領域では、「大企業における雇用労働」を対象とすることが多く、「多様な働き方」に目を向ける人は相対的に少数です。これは、町内会や自治体、住民が対象とされやすい都市社会学の状況とも似ています。

そしてもう一つ、食と都市に興味があるのは、単純に「食べること」が好きだからというのもありますが、前々から、歌舞伎町と卸売市場、たとえば築地市場などに、ある共通点を感じていました。歌舞伎町では、インフォーマルな経済を含めて、毎日、大量の人とお金が効率良く循環し、流通するひとつの市場を形成しています。そしてその潤滑油になっているのが、客引きやスカウトといったブローカー、仲介者の存在です。

歌舞伎町は、昔の経済学がモデルとして考えたような抽象的な市場のメカニズムだけで成立しているのではなく、中間に立つ人々の目利きや、対人関係ネットワークの上に成り立っています。この仕組みは、世界最大の水産卸売市場であった築地市場にも共通していたことです。

社会学研究科のおもしろいところは?

武岡

先生に優秀な研究者が多いこと。すでに日本の社会学でトップクラスと言える先生も、今後トップクラスになるであろう先生もいる。反面、院生の数が少ないので、先生達の丁寧な指導を受けられるのではないでしょうか。他の大学院よりも、直接指導を受ける機会が多いと思います。

私のゼミには、中国人留学生が1名いて、中国のIKEAストアの研究をしています。中国にあるIKEAは、お年寄りが展示家具に座って新聞を読んだりデートをしたり、若者が映像撮影をしたり、世界的に見ても興味深い使われ方をしています。その院生は、中国のIKEAの多様な使われ方を理解したいということです。

私は、基本的には院生がやりたい研究をサポートするという方針です。研究では、先行研究に惑わされたりして、自分が本当にやりたいことや面白いと思っていることを見失ってしまう場面が多々あります。そこで、「先行研究と同じ議論にせずに、こういう対話の仕方もできるのではないか」「こういうやり方でも関連づけられるのではないか」などのアドバイスをすることで、自分のやりたいことや自分が何を面白く感じるのか、を院生自身がよりよく把握できるよう手伝いたいと思っています。