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日本の地域社会が抱える問題は、
地域住民の声を届けるツールが乏しいこと

取材時期:2021年

インタビュー

日本の地域社会が抱える問題は、<br>地域住民の声を届けるツールが乏しいことのサムネイル
  • 現代社会研究領域中西典子教授

研究テーマを教えてください。

中西

専門は地域社会学になりますが、主に地域政策分野に関心を持っています。2000年以降、「分権型社会」や「新しい公共」、「地方自治体と住民の協働」といった言葉が取り上げられ、政府の役割に変化が見られるようになりました。こうした状況は、かつての「大きな政府」からの転換として捉えることができます。

第二次世界大戦を経て英国で誕生したいわゆる福祉国家は、政府の財政支出を大きくして社会保障を手厚くするという考え方ですが、同時に国民の税負担も大きくなります。その後は新自由主義が台頭して規制緩和や民営化が進められ、政府の役割も縮小してきました。民間セクターへの比重がますます拡大していくなかで、地方分権の問い直しや公共性の見直しが必要と考えています。

近年、関心のあるテーマを教えてください。

中西

公共性を考えるにあたって、「公共財をどう共有していくのか」という点に関心があります。日本の事例でいえば、京都の歴史的建造物の管理、運営などがあてはまります。このテーマを扱うには、ローカルスケールで公共システムを検証し、地域のサステナビリティーや地方自治の課題を明らかにしていくことが必要です。

英国で導入された「ローカリズム政策」は、中央集権から地方分権への可能性を考える上で注目できる点がありました。とくに地域コミュニティへの権限付与という点に関わって、地域の価値ある資産に対する所有や管理、運営をはじめ、地域の公共サービスの改善や提供などに関する地域住民による選択と決定を推進していることです。

こうしたローカリズムは大きく2つに分けることができます。ひとつは、中央政府から地方政府への分権化を示す「オールド・ローカリズム」で、もうひとつは、地方自治体から地域コミュニティへの分権化を示す「ニュー・ローカリズム」です。近年では、後者のニュー・ローカリズムの比重が高まっています。

日本では、地域のコミュニティに権限が与えられることは少ないのでしょうか?

中西

日本では、指定管理などの民間委託はあっても、地域社会レベルに権限を付与するということはほとんどないと思います。伝統的に、「官」と「民」の上下関係が根強い日本では、こうした発想は難しいのでしょう。中央政府と地方自治体の上下関係もしかりです。補助金行政から脱却し、地方自治体への権限委譲が進まないと、地域社会への権限付与も成り立ちにくいと思います。

地方自治体からすると、地域の問題解決に向けては、持続的な資金調達が課題になります。地方自治体が地域の諸活動団体に資金提供を行う際、活動に応じたスタートアップとして最初の2~3年ほどは資金提供されるものの、その後は活動を持続することが困難になって縮小してしまうケースが多くみられます。また、地域社会とのパートナーシップや自閉化しつつある地域コミュニティの変革も必要になってきます。

英国ではどうでしょうか?

中西

こうした資金提供の方法は、英国の政策から導入されています。英国では、労働党のブレア政権時代に官民のパートナーシップ政策が重視され、ある程度システム化もされていました。中央政府から地方政府に下りてくる多種多様な地域資金を整理統合する目的で地方政府にパートナーシップ組織を設置し、資金の使途について地域住民の代表と話し合うことが求められました。

もっとも、こうしたパートナーシップ政策も様々な問題が生み出され、その後の政権交代で廃止されましたが、日本では、そのようなシステムも存在してきませんでした。英国と比べると、一般の地域住民にとって地方議会は敷居が高く、地方議員も遠い存在です。地域住民が地方政治に関与できる機会はパブリックコメントくらいで、地域住民の声を届けるツールに乏しいことは問題です。

日常生活のなかで普段の研究を意識するシーンは?

中西

日常の暮らしで応用できそうなところは多々ありますが、実践と研究を統一するまでには至っていません。研究の知見は、地方自治体の委員会などに参加した際に活かせると思います。とくに英国の地域政策や地域住民の取り組みは、地方自治体レベルではあまり知られていないことも多いので、先行事例として紹介することはできます。

また、地域の自治会などに参加していると、地域の人々の意識を変えたり動かしたりすることの難しさを感じることもあります。高齢化の進展によって自治会・町内会の活動も縮小しており、新たに関わりたいという若者が少なくなっていることも停滞の要因になっています。既存の地域住民組織を強化していくことは難しいため、外から何らかの仕掛けを作っていくと若い世代も呼び込めるかもしれません。

社会学のおもしろいところは?

中西

例えば、医療社会学の分野では、「なぜ人は病気になるのか、患者になっていくのか」ということを社会的背景と関わらせて紐解いていきます。医療といえば、個々に存在する病気や患者に対して、どのように診断し治療していくかが重要になりますが、社会学では、全く逆の発想をする点がおもしろいですね。

一般常識として考えられていることを覆していくのが社会学の醍醐味ですし、なんでもありで懐が深いのも社会学です。ジェンダーや家族、政治や宗教、産業や労働、災害などあらゆる分野が存在し、相互に関連づけることが可能です。ひとつのテーマに関しても、多分野の人たちが集まって多角的にリサーチできるので、タコツボ化しにくいというのも利点だと思います。