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その社会に生きる人が何を思い、
環境に何を感じ、いかに表現しようとしているのか

取材時期:2021年

インタビュー

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  • メディア社会研究領域住田翔子准教授

研究テーマの「戦後日本における廃墟表象」とは?

住田

研究テーマの「廃墟」という言葉が対象にしているのは、近代以降に建築された建築物のこと。「朽ちてもなお、何かが残っている」ことを重視していて、木造建築は対象にしていません。なかでも、戦後日本の廃墟を描いた絵画作品や、廃墟を写した写真作品を研究対象としています。

廃墟に関連した作品が日本で注目され始めたのが1980年前後。当時の人々がなぜ廃墟に興味を持ったのかは、世代によっても異なると思いますが、ひとつには「戦争で国土が焦土と化し、その後、目まぐるしく発展していった」という体験や記憶が残っていて、それが表層化したのが1980年代前後だったのではないかと考えています。

海外にも、廃墟をテーマとした絵画や写真はあるのでしょうか?

住田

海外に目をやると、廃墟をテーマにした作品はもっと以前から存在していて、特に西洋美術史では400年以上前から愛好されているメジャーなテーマです。日本で最初に廃墟をテーマにした作品が受け入れられたのは、明治近代以降と言われています。当時、西洋文化の受容のなかで、廃墟をテーマにした作品も一緒に取り入れられたという経緯があります。

当時の日本では、西洋絵画で描かれた廃墟の模写や、欧州に渡航して現地の遺跡や廃墟を描くのが主流でした。日本人が日本の廃墟に特別な関心を持ち始めたのは、やはり80年代あたりといえます。

有名なのが、雑賀雄二さんの『軍艦島 棄てられた島の風景―雑賀雄二写真集』(新潮社、1986年)と宮本隆司さんの『建築の黙示録』(平凡社、1988年)の2冊の写真集です。建築の黙示録では、国内外の今まさに取り壊されている、廃墟になりつつある建築物を対象にしており、出版当時からかなりの反響があったそうです。

もう1つの研究テーマである「近現代日本における西洋美術受容史」とは?

住田

もともと、美術史の研究をしており、博士論文では仏国の画家であるポール・ゴーギャンをテーマにしていました。ゴーギャンは、パリ、コペンハーゲン、ポン=タヴァン、マルティニーク島、タヒチと、場所を移動しながら作品作りをしてきたことで知られています。身の回りの環境を変化させることがどんな意味を与え、足跡と作品がいかに関わり合っているかを調べていました。

現在はそこから派生した研究として、日本におけるゴーギャンの影響について研究をしています。ゴーギャンが日本のどの時代に、どのような人々にどのように受け入れられていたのか、そしてどのような影響を与えたのかを調べる内容です。

自分自身を振り返ってみると、根底には、「人々が自分の身の回りの環境をどのように理解し、どのように価値付けながら生きているのか」に興味を持っていると気付きます。興味の対象も日々移り変わっていっていますが、その時代、その社会に生きる人が何を思い、身の回りの環境に何を感じ、いかに表現しようとしているのかを探求しています。

最新の研究テーマを教えてください。

住田

スポーツ社会研究領域の市井吉興先生との共同研究のなかで、「都市空間の中で行われているスポーツやサブカルチャー」を担当しています。特に興味があるのが、都市の壁面などにスプレーやフェルトペンで図像を描く「グラフィティ」と、走る、跳ぶ、登るなどに重点を置いたスポーツ「パルクール」です。

グラフィティは「落書き」と揶揄されることもありますが、グラフィティライターの人物像に興味があり、どんなことを考えながら活動しているかを研究しています。パルクールは、「どういった身振り手振りをしながら、都市で遊んでいるのか」という視点から興味を抱いています。「都市という物的な空間に触れていくこと」に意味があるはずだと感じていて、空間と人の接し方や、そこをいかに表現するかを対象にしています。

私は自分の目で見た出会いや、耳で聞いたことを頼りにテーマを決めています。私の研究関心は身の回りのこと全てに重ねられるので、町なかを歩いている際にも物事をどう見ていくかが重要で、研究では「その人が普段何気なくやっていること」に焦点を当てています。こうした研究プロセスを下支えするためには、理論や方法論を駆使していく必要があります。

社会学研究科の面白いところは?

住田

社会学ど真ん中の研究をしている先生もいれば、私のように普通の社会学とはちょっと違った研究をしている先生もいること。これほど多彩な先生方がいる大学院は、そうそうないと思います。領域は似ているものの、それぞれ異なる興味関心を持った人達が集まってきているからこそ、共同研究も独自性が高いものになる。多様な先生、多様な院生との関わり合いを通して、異なる専門領域を知り、視野が広がるのが魅力です。

自分の専門領域を突き詰めるためには、ほかの分野の領域と比較しながら考えることも大切です。多様な研究者との出会いを通じて、新しい視点や新しい興味を見つけることができる。私自身、市井先生との出会いがなければ、パルクールを研究テーマにしていなかったと思います。