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「スポーツ施設の官民共同事業や運営」を研究し、
バーベルを本に持ち替えた、清水里佳子さんの場合

取材時期:2021年

修了生と教員との対談

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  • スポーツ社会研究領域市井吉興教授
  • 修了生清水里佳子さん

なぜ社会学研究科に進学しようと考えたのでしょうか。

清水

私はずっとウエイトリフティングをやっていて、立命館大学にもスポーツ推薦で入学しました。産業社会学部在籍時に、山下高行先生(現・立命館大学名誉教授)とお話ししている中で、先生が研究されていた地方創生に興味を持ちました。私は、富山県出身で、これから富山ってどうなっていくんだろうという思いがあったからです。そこで、スポーツを通じて、地方に貢献できるような研究ができればと思って、社会学研究科に進学したいと考えました。市井吉興先生の授業を履修していたことと、市井先生が重量挙部の部長だったこともあって、相談などもスムーズでした。

修士論文のテーマは?

清水

「日本のスポーツ施設の官民共同事業の再検討と、その運営方法」です。スポーツをずっとやってきた中で、スポーツ施設の運営に興味を持っていました。民間企業が運営している総合体育館など、さまざまなスポーツ施設に調査に訪れました。

市井

清水さんは、地元・富山の活性化と、ウエイトリフティングができるスポーツ施設が限られているという問題意識を抱えていました。研究は、多様なスポーツをカバーできる、スポーツ施設の在り方はないだろうかという内容です。私も、スケートボードやパルクールといったスポーツの研究をしているので、競技人口が少ないスポーツをする場所はそう多くはないと感じていました。

仮説から大きく方向転換した修士論文

修士論文はどのように結論付けられているのでしょうか。

清水

スポーツ施設の質を担保するには、行政が運営に携わったほうがいいという結論です。運営を民間企業に委託するケースが増えていますが、赤字になってサービスの質が低下するなどのリスクがあります。それでは、スポーツ施設としては本末転倒になってしまいます。

市井

清水さんは当初、スポーツ施設を民間が運営したほうがいいという考えを出発点にしていましたが、途中で「そうでもないんじゃないか」と思い始めて、大きく方向転換しましたね。

清水

そうですね。民間企業が3社ほどで運営しているスポーツ施設が福岡県にあって、その施設を取り上げた本や論文を読んで興味を持っていました。ところが、実際に足を運んで館長さんに話を伺うと、書かれている内容と現状は違っていました。他にも、都内にある民間企業の運営で収益を上げている事例として知られるスポーツ施設も、収益の柱は、スポーツではなく、ロボットコンテストなどだったことが分かりました。それが、スポーツ施設のあるべき姿なのかな?という疑問が湧きました。現地に行ってみないと分からないことは多いというのも、学びになりました。

市井先生の指導で印象深かったのは?

清水

研究に行き詰まった時、新しい視点やアプローチ方法を提示してもらうなどアドバイスを頂いたことですね。私がもともと、研究にうとかったこともあり、「この本を読んだほうがいい」「この論文を読んだほうがいい」と教えてもらったことも大きかった。

市井

日本にはスポーツ基本法というものがあって、そこに、「行政は国民のスポーツ権をサポートする義務がある」という趣旨が書かれています。そのため、行政体の関わりが必要だという内容の論文をいくつかすすめたのを覚えています。それが、修士論文の方向転換にもつながっていると思います。他にも、僕や山下高行先生が携わった『変容するスポーツ政策と対抗点 新自由主義国家とスポーツ』という、2020年出版の書籍がありました。途中段階の原稿を見てもらったり、「こういうことを考えている」と話して議論したり、「清水さんはどう考える?」と対話できたのは、執筆中の自分にとっても有意義な時間でした。

ゼミの先輩たちも親身にサポート

清水

先生以外にも、スポーツの現場で活躍されている社会人院生の先輩に専門家の方を紹介してもらったり、完成したばかりの京都府立京都スタジアムについて話を伺ったりしました。また別の先輩には、小さい悩みから大きな悩みまで聞いてもらい、市井先生のお話で理解できなかったところを噛み砕いて教えてもらったこともあります。

市井

清水さんは、「自分は研究にうとい」と言っていましたが、それは確かにそうだったかもしれません。だけれども、大学院に来たからにはみんなで、しかも楽しくやろうよという雰囲気の研究室です。研究室には、清水さん以外に、留学生や社会人もいました。先輩後輩の垣根を超えて、みんなで一緒に、「ああでもない、こうでもない」と議論するスタイルが多かったですね。当時のゼミ生のテーマは、合気道にサッカー、ソフトボール、レジャー活動(囲碁)と高齢者の社会参加の研究と多様だったこともあって、各スポーツの魅力や本質の議論もよくしました。多様性がうちのゼミの特徴です。

基礎的な研究力はどのように指導したのでしょうか?

市井

例えば、清水さんが、「最近のスポーツ施設の運営は新自由主義的な……」と書いてきた時には、「新自由主義とはなにか?」「PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)ってなんだっけ?」「そこ、分かってる?」と、少々、意地悪とも言えるような質問を繰り返しました。本や論文を読んできたかの確認もしますが、書いてきたものを見て、「意味分かってる?」と尋ねることは何度もありました。文章を読んで整理して、輪読してまとめるという、そういう基礎力の鍛錬を重視して指導していました。

清水

分かっている気になっていても、いざ言葉にしようとすると出てこないということはよくありました。知らないワードは調べる必要があるし、調べてからさらに、説明できるくらいまで読み込むことが重要だと分かりました。

バーベルを本やペンに持ち替えたかのように強かった

大学院での研究を通じて得たものは?

清水

大学院に行って、スポーツと勉強に共通すると感じたのは、好きなものならぞっこんになれるということ。文系の大学院に行った女性は就活で不利とも聞いていましたが、就職活動もスムーズでした。

市井

清水さんは最初は苦労したと思いますが、前期課程の2回生になってからは、バーベルを本やペンに持ち替えたかのように強かった。研究力がどんどん高まっていくのを目の当たりにしましたね。スポーツに打ち込んできた学生は、追い込みというか、一度コツを掴むと強いんだなと思いました。

清水

それまで、何かに興味を持ち、自分なりの仮説を立てて、結論を出すという行為自体、あまりやったことがなかったので、その力を身に付けたのが一番大きな成果ですね。予測して深掘りして、どう動くとどんな結果につながるかというのは、今やっている仕事にも共通していること。社会学研究科で、仕事やPDCAの基礎を学んだと思っています。