生命科学部の小林洋一教授、永井邑樹助教、大学院生命科学研究科博士前期課程の藤﨑壮太さんらの研究グループは、超分子ゲル※1を用いて酸素敏感な光反応を制御することにより、光照射開始に対して遅れて着色するフォトクロミック反応※2の開発と、それを利用した多段階的な光現像に成功しました。本研究成果は、2024年1月15日16時45分(日本時間)に英国王立化学会の学術誌「Materials Advances」に掲載されました。

【研究成果のポイント】

  • 超分子ゲルを用いて酸素による反応阻害を制御することにより、光照射開始から着色までに遅延時間を示すフォトクロミック反応を開発
  • 着色までの遅延時間を利用して光による多段階的な現像に成功、画像は加熱によって消去可能
  • 遅延時間を有したフォトクロミック反応に基づき、光照射によって内容が自動的に変化する暗号・印刷技術や、時間に応じて機能を切り替える高度な光応答性材料の開発が将来的に期待

概要

 光によって分子や材料の色 (および構造) が可逆的に変化するフォトクロミック反応は、ディスプレイデバイスや暗号技術への応用が期待されるほか、様々な材料に光応答性を付与するためにも利用されています。通常のフォトクロミック反応は、光照射開始後ただちに色の変化が始まりますが、光照射開始から色の変化までの間に遅延時間を設けることができれば、光照射時間に応じて自動的に挙動が変化する時間的にプログラムされた光機能を創出できると考えられます。
 本研究では、超分子ゲルを用いて空気からの酸素供給を制御することにより、色素の光還元※3に基づく着色と酸素による光還元阻害の競合の結果、光照射開始後から着色までの間に一定の遅延時間を示すフォトクロミック材料の開発に成功しました。更にこの挙動を利用すると、あらかじめ光照射によって情報を記録しておくことにより、その後は材料全体に光照射を行うだけで時間に応じて2段階の画像を現像できることを実証しました。
 本研究の成果は、光照射により内容が自動的に変化していく暗号・印刷技術や、光照射時間によって機能をスイッチングする高度な光機能材料の開発に繋がると期待されます。

研究の背景

 光によって色を可逆的に変化させるフォトクロミック反応は、産業においては調光レンズ、応用研究においてはディスプレイデバイス、暗号技術における活用が進められています。さらにフォトクロミック反応に際して分子の構造が変化することを利用し、光アクチュエータ※4や薬剤分子の光操作など、材料の形状や機能を光制御するためのツールとしても広く研究されています。通常フォトクロミック反応は光照射開始直後から色の変化を示し、あるところで最終的に変化が収束するため、フォトクロミック反応を用いて複雑な時間発展を示す応答を実現することは困難でした。例えば、フォトクロミック材料への光照射によって複数の画像を描こうとする場合、その都度光の照射の仕方を変える必要があり、光照射条件を変えることなく多段階の画像を得ることはできませんでした。

研究の内容

 本研究では、試料中の溶存酸素によるフォトクロミック反応の阻害と、それに伴う溶存酸素消費を組み合わせることにより、フォトクロミック反応に対して遅延時間を導入することを試みました。酸素(O2)によって阻害されるフォトクロミック反応のモデルとして、アントラキノン(AQ)の光還元に注目しました(図1)。AQ は、はじめ酸化体であり無色ですが、紫外光照射によって黄色の還元体へと変化し、酸素と反応することによって元の酸化体へと戻ります。また空気から試料中に酸素が侵入すると安定した遅延時間が得られないため、酸素ブロックに有効であることが知られている超分子ゲルを反応媒体として用いました。

図1.アントラキノン(AQ)の光還元に基づくフォトクロミック反応 図1.アントラキノン(AQ)の光還元に基づくフォトクロミック反応


 超分子ゲル中のAQ に紫外光(UV)を照射すると、はじめは溶存酸素によって阻害を受けるため、光還元による着色は進行しません。しかし光還元を阻害した酸素は反応性の高い活性酸素※5へと変化し、溶媒や添加剤などと反応して消費されていくため、気相からの酸素侵入が抑制されたゲル中においては光照射を続けると次第に酸素濃度が低下していきます。そして溶存酸素濃度が十分低下したところで、はじめて光還元が進行し始めます。この結果、着色までの誘導期間を示すようなフォトクロミック反応が実現しました(図2)。また用いた超分子ゲルは約45℃以上でゾル化し、空気から容易に酸素を取り込むことができるため、着色したゲルを加熱してゾル化させると気相から速やかに酸素が供給され、AQ の還元体が酸化されて元の無色状態へと戻りました(その後室温に戻すと再度ゲル化)。

図2.(a)AQ 含有ゲルへの紫外光(UV)照射および加熱・冷却による外観の変化,(b)窒素下および空気下のAQ 含有ゲルへのUV照射における着色量変化,(c)超分子ゲル中におけるAQ のフォトクロミズムの概念図,(d)光照射過程において予想される濃度変化

 更に、この挙動を利用し、光を用いた多段階的な現像とそのオンデマンドな消去を行いました(図3)。まず、シャーレ上に作製したゲル試料に対し、透明、半透明、不透明と透過率の異なる部位を有したフォトマスク越しに紫外光を照射しました。このとき、光還元が始まる前に光照射を停止すると、色の変化はないものの、光照射情報は酸素濃度パターンとしてゲル中に記録されることになります。すなわち、フォトマスクの透明な領域越しに光照射された部分は酸素濃度が比較的低く、半透明部分については濃度が中程度、不透明部分については濃度が高くなることになります。現像過程においてはフォトマスクを使用せずに紫外光をゲル全体に照射することにより、まず酸素濃度が低い部分で光還元が進行し、第一の像が出現しました。その後も光照射を続けると、酸素濃度が中程度であった部分でも光還元が起こり、別の像へと変化しました。このようにして得られた像は、加熱・冷却によってゾル-ゲル転移を起こし、試料中に酸素を供給することで消去することができました。

図3.光を用いた多段階的な現像とそのオンデマンド消去 図3.光を用いた多段階的な現像とそのオンデマンド消去

社会的な意義

 光によって進行する化学反応において溶存酸素によって生じる遅延時間自体は広く知られた現象ではあるものの、本研究は遅延時間を積極的に利用したフォトクロミック反応制御を提案する点において、様々な光応答性材料の開発に貢献すると予想されます。今回のような多段階的光現像は暗号技術への応用が考えられるほか、将来的には、全体に光を照射し続けるだけでまるで動画のように内容が変化していく印刷技術(図4)や、光照射時間に応じて機能を変える光駆動マイクロロボットなどの開発に繋がることが期待されます。

図3.光を用いた多段階的な現像とそのオンデマンド消去 図4.紙面全体に光を照射し続けるだけで内容が変化していく印刷物

論文情報

  • 論文名: Photochromic Clock Reaction of Anthraquinone in Supramolecular Gel and Its Application to Spatiotemporal Patterning
  • 著者: 藤﨑壮太(立命館大学生命科学部)、永井邑樹(立命館大学生命科学部)*、岡安祥徳(立命館グローバル・イノベーション研究機構)、小林洋一(立命館大学生命科学部、JST さきがけ)*
  • 発表雑誌: Materials Advances
  • 掲載日: 2024年1月15日(月) 16:45(日本時間)
  • DOI: 10.1039/D3MA00821E
  • 掲載URL: https://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2024/MA/D3MA00821E

用語説明

  • ※1 超分子ゲル:比較的低分子量の分子が分子間相互作用によって繊維状に集合化することで形成されるゲル。温度変化などの外部刺激によって、固体様のゲル状態と液体様のゾル状態の間で可逆的に変化(ゾル-ゲル転移)するものも多く知られている。
  • ※2 フォトクロミック反応:光によって材料の色が可逆的に変化する反応。有機化合物のフォトクロミック反応においては、分子構造の変化を伴うことが多い。
  • ※3 光還元:物質が光を吸収することによって駆動される還元反応(物質が電子を受け取る反応)。
  • ※4 光アクチュエータ:光照射によって形状が変化し、機械的な動きを生み出す材料。光によって駆動するマイクロロボットなどへの応用が期待されている。
  • ※5 活性酸素:一重項酸素やスーパーオキシドのような、反応性の高い酸素種の総称。

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