犯罪は単なる「法の違反」ではなく、人と人との関係の中で生じる社会的な問題でもある。そう考えるのが「修復的司法」というアプローチだ。被害者・加害者・地域が対話を通じて関係を見直し、再出発を支える仕組みは世界各地で実践され始め、日本でも司法と福祉の連携を軸にその考え方が浸透しつつある。刑務所の実態調査と国際的な研究を重ねる森久智江は、「刑務所は社会のカガミ」と語り、修復的司法の視点から社会のあり方を問い直している。
処罰中心から「関係修復」へ、修復的司法の理念
毎日のように新聞やテレビのニュースで目にする「犯罪」。日本社会ではこれまで、罪を犯した人はその罪の重さに応じて処罰を受けるのが当然であると見なされてきた。しかしそうした「処罰中心」の司法手続きが、逆に世の中に犯罪を増やす結果に繋がっているのではないか。そんな疑問を背景に、森久智江は「修復的司法」と呼ばれる司法手続きについて研究を進めている。
「修復的司法は英語のRestorative Justiceが原語で、90年代から2000年代にかけてアメリカやヨーロッパを中心に司法制度に導入が始まった概念です。従来の処罰中心のアプローチは必ずしも犯罪の減少や再犯防止には結びつかず、むしろ加害者を犯罪行為以前よりも社会から孤立させ、被害者も十分な救済を得られないまま取り残されるという問題がありました。こうした限界を克服するために、被害者・加害者・地域社会の関係性を回復し、再び共同体の一員としてやり直すことを目指す修復的司法という考え方が注目されるようになったのです」
修復的司法の特徴は、加害者に罰を与えることよりも、社会や周囲の人々との「関係の修復」や生活再建に焦点を当てることにある。その背景には、犯罪という行為に対する従来の考え方との、捉え方の違いがある。従来の処罰中心の司法は犯罪行為を法に対する違反として見るのに対し、修復的司法では犯罪行為を人間同士の関係や、社会の構造の中で発生した「病変」や「ほころび」であると考える。人の病気が遺伝や生活習慣、感染症の流行、周囲の環境など様々な要因が重なって発生するのと同様に、犯罪もまた、個人の性格や意思だけではなく、家庭環境や教育、経済状況、社会の中にある差別や孤立といった構造的な要因が重なって生じるものだと捉えるのだ。
「犯罪を減らすために必要なのは、加害者を単に罰することではなく、その背景にある社会的要因を共有し、被害者や地域社会との関係を回復させる取り組みです。修復的司法はそうした『関係の再構築』を通じて、被害者の心の回復や加害者の再出発、さらには社会全体の健全化を目指すアプローチなのです」
対話が生む回復の力、世界で広がる実践
なぜその犯罪が起こったのかを明らかにするために、加害者と被害者に加え、その家族や友人、地域の代表者などが一堂に会し、円卓形式で話し合う「カンファレンス」や「サークル」と呼ばれる場が設けられることがある。これらは刑事手続きの一部として導入される場合もあれば、正式な裁判とは切り離されたインフォーマルな場で活用される場合もある。いずれにしても、修復的司法に基づくプログラムは「当事者同士の対話を通じて、問題の社会的背景を理解し、関係の修復と再出発を支える」という共通の理念に根ざしており、世界中で実践が広がっている。
近年では、修復的司法を福祉と繋げることが、刑務所からの出所者の再犯率を下げることに効果があると期待されている。日本でその刑事司法と福祉との連携の重要性が認識されるきっかけとなったのが、2006年1月に起きた「下関駅放火事件」だ。
「この事件は軽度知的障害を持つ74歳の男性が起こしました。彼は過去に10回も服役を繰り返しており、直前に福岡刑務所を出所したばかりでした」
身寄りも住む場所もなく、生活保護の申請も受け入れられず、年末の寒さの中で行き場を失い駅構内で寝泊まりしようとしたが、警備員に追い出され途方に暮れた末に「刑務所に戻りたい」という思いから駅のゴミ箱に火をつけてしまったのだ。老朽化していた下関駅の駅舎は瞬く間に炎に包まれ全焼し、被害総額はおよそ5億円にのぼった。
「その経緯を知った北九州でホームレス支援を続けていた団体の代表は『もしあの日、公園での炊き出しの場で彼と出会えていたなら、支援に繋ぎ、犯罪をせずにすんだかもしれない』と悔やんだそうです」
この事件を契機に「刑罰を与えるだけでは孤立した人を救えない」という現実が司法関係者に広く共有され、司法と福祉の連携が不可欠であることが強く認識されるようになった。2025年現在では、厚生労働省と法務省の協働により、出所者を地域社会で支えるための施策として「地域生活定着支援センター」が全国に設置されている。
日本の各自治体で進む犯罪の背景への対応
「その後の大きな動きの一つが、2016年に制定された『再犯防止推進法』です。この法律で、司法と福祉の連携を一層進める動きに、地方自治体もその主体として位置づけられました。犯罪の背景に高齢化や障害、生活困窮、虐待、ヤングケアラー、外国人家族の生活困難といった社会課題があることが広く認識され、再犯防止を地方自治体の政策課題として位置づけたことが同法の大きなポイントです」
この法律によって全国の自治体は、地域福祉計画などに再犯防止の視点を組み込み、犯罪をした人へのサポートを、居住支援やひきこもり対策、自殺防止といった既存の施策とあわせて展開していくことが求められるようになった。
「こうした流れを背景に、再犯防止や社会復帰支援の取り組みは大きく進展しています。例えば、私も推進会議の議論に参加している神戸市では、『再犯防止アドバイザー』を配置し、国の制度が届かない人々への支援を自治体としてコーディネートする取り組みを始めています」
さらに福祉分野でも「重層的支援体制整備事業」と呼ばれる取り組みが進んでいる。これは、既存の制度の「隙間」に落ちてしまう人々をどう支えるかを目的とする施策だ。この施策で、犯罪をした人や刑務所から出所した人だけでなく、犯罪の背景にある困難を抱える人々に対する支援が、地域の様々な機関間の横の繋がりを構築しながらおこなわれるようになっている。
「その支援ネットワークに保護観察所や刑務所といった矯正・司法機関も参加し、地域の役所や児童福祉施設と連携しながら情報を共有し、対応にあたっています。まだまだ地域差はありますが、関西では尼崎市や堺市等をはじめ先駆的な取り組みを行う自治体は、こうした支援が地域の不可視化されていた問題への対応にも繋がっていることに気がつき始めているのです」
刑務所の改革から社会を変えていく
修復的司法で重視される「対話」は、罪を「犯した側」だけでなく、犯罪をした人を「管理する側」にも大きなメリットをもたらすと森久は言う。刑務所という現場を管理する人々の葛藤やストレスを言語化し合う場がなければ、規律の厳格さだけが独り歩きして暴走しかねないからだ。
その危険が現実化したのが、2001年から2002年にかけて、名古屋刑務所で受刑者の死因不明となる出来事が相次いだことだ。刑務官の受刑者への暴力による死亡事件が発生し、複数の刑務官が特別公務員暴行陵虐致死傷罪で起訴・有罪となった。
「旧監獄法は100年近く改正されないまま運用されてきたため、現代の人権基準からみると多くの問題を抱えていました。刑務所の処遇や処分の基準が曖昧で、職員の裁量に大きく依存していたこと。受刑者に対する処遇や医療体制に十分な規定がなく、透明性が欠けていたことが、過剰な制裁や人権侵害を生み出す背景として指摘されました」
これに対し、新しい法律では、受刑者の処遇に関する一定の明確なルールを定め、不服申し立て制度を整備し、外部機関によるチェック機能を導入するといった改善が盛り込まれた。さらに、2022年の刑法改正によって「拘禁刑」が導入され、従来の刑罰執行そのものの重視から社会復帰を見据えた処遇への転換が図られた。
ところが、この深い反省に基づく法改正が行われたにも関わらず、名古屋刑務所ではまた事件が起こった。2022年に刑務官22人が、収容中の40~60代の男性受刑者3人に対し、アルコールスプレーを顔に噴射したり、顔や手をたたいたりするなどの暴行を個別に繰り返していたことが発覚した。つまり、刑務所という組織が抱えるストレスが顕在化したともいえる。
森久はこうした事件の背景に、規律一辺倒の職場文化や上下関係の厳しい人間関係の中で「感情労働」を強いられる、刑務官の強いストレスがあると指摘する。
「刑務官は受刑者に対して常に冷静かつ公平であることを求められる一方で、『受刑者に弱い所を見せてはいけない』、『決まりを守らせなければ』といった強い感情にさらされ続けます。職務上は表に出せない感情を押し殺して、管理を続けること自体が大きなストレスとなり、またそれを職員間や社会とも共有できず、規律秩序維持の名のもとに受刑者の人権を軽視する結果を生むのです」
匿名で刑務官たちに実施されたアンケート回答には、「そもそも自分たちの人権が守られていないのに、なぜ受刑者の人権を守らなければいけないのか」という殺伐とした答えもあったという。
「だからこそ刑務所でも、管理する側の職員同士が定期的に対話し、ストレスや葛藤を共有・整理できる仕組みや、自己が尊重されている実感が欠かせないのです。対話は、個々の職員のメンタルヘルスを守るだけでなく、組織としても安全で持続可能な運営を可能にします」と森久は強調する。
法学とは人間を研究する学問
「刑務所は社会の“カガミ”だとよく言われます。そこには私たちの社会の縮図があり、今の職場の上司・部下間等がそうであるように、社会内での対話の難しさもそのまま映し出されています。刑務所を変えることは、そうした社会を変えることに繋がる可能性があります。その人が成長過程の中で逆境体験やトラウマをどれほど負ってきたのかを測るACEという指標があります。刑務所や少年院に入所している人は、一般の人よりもこのスコアが明らかに高いことが判っていますし、その影響は相当長期にわたってその人の心身や人間関係に大きな影響を及ぼします。そうした人々にどのように向き合うかは、社会全体のあり方を問うものだと思っています。」
森久自身の歩みもこの問題意識とつながっている。福岡で育ち、高校時代から演劇部に所属し、大学院まで活動を続けた。演劇は自己を客観的に見つめ、他者を「生きる」訓練でもある。その経験が「人間は善と悪のどちらか一方だけで語れない、多面的な存在だ」という気づきに繋がった。
「法学部に入った当初は司法試験を受けようかと漠然と考えていましたが、刑事司法に関する授業を通じて『法学は人間について考える学問』だと感じるようになりました。刑罰や司法を突き詰めていくと、結局は人間と社会のあり方そのものに行き着くのです。だからこそ、修復的司法の研究を通して、学生にも『これは人間の話なんだ』と伝えたい。そこから社会を考えるヒントや、自分自身を生きるヒントを見つけてもらえたらと思っています」