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デジタル化がカギを握る日本のものづくり企業の再生

中小ものづくり企業の強みを生かす「和魂洋才2.0」

名取 隆テクノロジー・マネジメント研究科 教授

    社会科学|経営・経済|
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日本の製造業の衰退が叫ばれて久しい。その一因としてデジタル化への遅れを指摘する名取 隆は、独自の「尖った技術」を持ちつつデジタル化を進める中小ものづくり企業を研究。中小企業ならではの「職人気質」の保持とデジタル化の取り組みを併せた「和魂洋才2.0」に、製造業再生のカギを見る。

日本の製造業の再生の鍵は「尖った技術」を持つ中小ものづくり企業

日本の製造業が衰退しているといわれるようになって久しい。経済産業省が発行する『2019年版ものづくり白書』によると、製造業の輸出競争力は1990年代から下降線をたどっている。その一方で、日系企業が生み出した製品・部材の中には世界シェア60%以上を占める製品が270もあり、独自の競争力を持つ企業は今も決して少なくない。「そうした企業の中身を見ると決して名の知られた大企業・中堅企業ばかりではなく、従業員規模数百人足らずの中小ものづくり企業も存在します」。そう語る名取隆は日本開発銀行(現在の日本政策投資銀行)で30年間、そして大学に転じてから10数年にわたって中小企業の経営支援に携わってきた。「中小ものづくり企業こそ日本の製造業の発展に不可欠な存在である」との観点から、中小ものづくり企業の競争力を高める方策を考え続けている。

「ものづくり」という言葉に象徴されるように、日本において製造業は単なる「manufacturing」ではなく「craftsmanship」のように「職人技」や「一芸を極める」「丹精を込める」といった精神的要素が重視されると名取は説明する。それは「きさげ加工」(金属平面上で物体がスムーズに滑り移動できるようにする特殊な加工)に代表される加工精度の高さや、「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)活動」などの、日本独特の取り組みに表れている。

とりわけ名取が注目するのは、大企業にはない「尖った技術」を持つ中小ものづくり企業だ。例えば株式会社竹中製作所(大阪府東大阪市)が製造する防錆防食性コーティングボルトは、過酷な環境で長期にわたってボルトの腐食を防止するとして世界中の石油プラントなどで採用されている。こうした事例は数えきれないほどある。「日本の製造業再生のカギを握るのは、これらの『尖った技術』を持つ中小ものづくり企業です。そして、そうした技術の強みを補完するのがデジタル化です」と強調する。

高い技能とデジタル化の「合わせ技」で差別化とコスト競争力を同時に実現

日本の産業界がこれまでデジタル化に正面から取り組んでこなかったことが、現在の弱体化を招いています」と名取。日本のものづくり企業は、技術力に裏打ちされたニーズ対応や試作・小ロット生産、品質管理、短納期生産を強みに発展してきた。高品質だが、課題は高コストであること。加えて職人の熟練技の継承が難しく、最近は人材不足も課題になっている。その上デジタル化によって、それまで人間にしかできなかった技術の大部分が置き換え可能になったことにより、日本のものづくり企業の強みはだんだん失われつつある。その結果、いち早くデジタル化を進めた新興国に市場を奪われ、危機的状況に陥っていると分析する。

打開策として名取が説くのが、現代版「和魂洋才」いわば「和魂洋才2.0」の必要性だ。すなわち品質へのこだわりや職人気質に基づく高い技能はそのまま保持しつつ(和魂)、大きく後れを取っているデジタル化を進める(洋才)。これによって「差別化」と「コスト競争力」の両方を同時に手にすることが可能になるという。

「デジタル化の威力は、例えば『既存情報の参照力』に見ることができます。ものづくり企業では、製品のリピートオーダーやマイナーチェンジのオーダーを受けた時、過去に受注した製品の見積もりや設計図を探すのに忙殺されることも珍しくありません。もしこれらのデータをデジタル化すれば、情報を必要な時に瞬時に検索・出力でき、圧倒的な時間短縮が可能になります」。デジタル化によって生まれた時間を新たな製品や技術のアイデア創出に回すことができれば、イノベーションを生み出す可能性も広がる。

これは決して机上の空論ではない。名取はデジタル化によって事業成長に成功した企業を調査し、事例研究を行っている。その一つが工業用バネを製造している東海バネ工業株式会社(大阪府大阪市)だ。同社は熟練工の技術やノウハウを数値化し、製造工程の自動化システムを開発。生産・管理工程の大部分をデジタル化した。一方で職人にしかできない仕事を「センスが必要な仕事」として差別化し、組織的な「センス」の継承の仕組みも構築した。「規則性のある作業のほとんどはデジタル化できます。それと職人にしかできない作業を明確に線引きし、センスの継承を後押しすることにより、持続的な競争力の獲得に成功しました」と解説する(写真①、②)。また機械加工業を営むHILLTOP(ヒルトップ)株式会社(京都府宇治市)では、職人技をコンピュータに取り込んで究極のITものづくりシステムを構築し、製造を無人化することで大幅な短納期と高い利益率を実現した。

①デジタル化の技術と職人の技能を結集して製造した大型コイルばね
②デジタル化の成功例であるスーパーコイリングマシンYU-KI

名取は研究のみならず、自治体や経済団体と連携し、中小ものづくり企業のデジタル化の支援にも積極的に関わっている。「地域で雇用の受け皿になり、地域経済を支えているのは中小ものづくり企業に他なりません。こうした企業がデジタル化に注力すれば、必ず日本の製造業は再生します」と力強く語った。

名取 隆NATORI Takashi

テクノロジー・マネジメント研究科 教授
研究テーマ

中堅中小・ベンチャー企業の技術マーケティング、オープンイノベーション(企業間連携、産学官連携等)、新製品・新事業開発、イノベーション促進政策

専門分野

技術経営、中堅中小・ベンチャー企業論、新事業開発論