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  • ISSUE 12:
  • 環境

祖父母の育児参加が子どもの人格に与える影響は?

祖父母の関わりに焦点を当て日中の子育てを比較する。

孫 怡立命館グローバル・イノベーション研究機構 専門研究員

    sdgs03|

知能や人格の発達には遺伝や生育環境が影響を及ぼすことは知られているが、中でもパーソナリティ形成には乳幼児期の環境が大きく関わっているといわれる。乳幼児期のパーソナリティの発達プロセスやそれに影響を与える要因を研究している孫怡は、中国で生まれ育ち、現在日本で子育てを行っている経験を生かし、日本と中国を比較したユニークな研究を行っている。中でも孫が着目するのは、家族、それも祖父母の関わりだ。

「関心を持ったきっかけは、私自身が日本で育児をする中で、多くの母親がほとんど一人で育児を引き受けているのを知ったことでした」と孫。彼女の調査によると、中国では祖父母の60%以上が孫の育児に積極的に関わっている。理由は、乳幼児を預かる保育園が少ない上にほとんどの夫婦が共働きで肉親の手を借りざるを得ないこと、また伝統的に祖父母が孫の面倒を見る文化があることなどいくつかある。「そうした中国と日本の養育環境の違いが子どもの発達にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしたいと考えました」と語る。

孫は2017年度から3年計画で、祖父母の育児参加が子どものパーソナリティの発達や親子のQOL(Quality of Life)に及ぼす影響について日本と中国の比較分析を行っている。1年目は1歳児を持つ母親を対象にアンケートによる量的調査と母親へのインタビュー、および家庭観察による質的調査を両国で実施。中国では500余りのアンケートを回収するとともに、10組にインタビュー調査、7組の家庭観察を行った。

調査の結果まず判明したのは、日本、中国のいずれも祖父母の育児参加時間が多いほど母親の主観的なQOLが高くなることだ。「ただし中国では、祖父母と同居している母親の割合が高く、祖父母との葛藤から母親のQOLが低下する傾向が見られました」と孫。次に子どもへの影響を調べたところ、中国では祖父母の関わりが子どものパーソナリティの発達に少なからず影響を及ぼしているのに対し、日本では有意な影響を与えるほどの祖父母の関与は見られなかったという。

「中国の調査で顕著だったのは、祖父母の養育態度が子どもの主体性や自立、自己コントロールの獲得にマイナスの影響を及ぼすことです」と孫。「祖父母は一般的に孫に対して過保護になりがちです。特に中国では祖父母が乳幼児の健康を心配して必要以上に食べさせたり、着替えや食事を手伝ったり、また子どもの欲求をすぐに満たしてあげるなど甘やかす傾向があり、こうした養育態度が子どもの主体性や自立心の醸成を損なっていると考えられます」と分析する。

また子どもの発達段階において重要な獲得目標とされる自己コントロールにも注目。今回の調査で祖父母の育児参加が多いほど、子どもは思い通りにならない時に激しい反応を示すなど感情を制御できないことが明らかにされた。さらには祖父母の関わりが多いと相対的に親の関与が少なくなり、その結果として子どもが母親に対して分離不安を抱く傾向も見られたという。「親子の関わりが少ないと親子の愛着が損なわれやすいという先行研究がありますが、本研究でもそれが裏付けられた形です」と孫は解説した。

一方日本ではインタビュー調査の結果として興味深い示唆を得たという。「子どもが複数いる場合、母親が幼い弟妹の世話に手を取られていても祖父母が長子の育児に関わることで子どもが安心し、精神的に安定するといった声や、祖父母が育児に関わることで子どもの遊びが豊かになるといった声が聞かれました。日中のインタビューや行動観察で得た豊かなデータを分析して新たな仮説を見出し、次の研究につなげていくつもりです」と言う。加えて2018年度は、1年目の調査で相関が見られた結果の因果関係を詳らかにしようと試みるとともに、子どもの成長に応じて祖父母の関わりや子どものパーソナリティがどう変化するのか、経年変化も追いかけている。

さらに孫は、立命館グローバル・イノベーション研究機構でも親子の行動観察調査を行っている。大阪府茨木市で乳幼児と母親を対象に長期間にわたって追跡調査を行う「いばらきコホート」研究プロジェクトに参画。とりわけ母親の子どもへの関与が子どもの気質や社会適応性に与える影響に焦点を当てて研究している。「妊娠期から子どもが6歳になるまでの経年変化を追うのがこの調査の特徴です。それに加えて中国での調査結果と比較分析することで新たな知見を得られたら」と期待を語った孫。「どのような子育て環境が理想なのか。様々な養育スタイルがあり、子どもの生れつきの個性もそれぞれ違うため、答えは一つではありませんが、日中の比較研究を通じて子育てと子育ちにおいて人類共通な本質的要因をつかむことができればと考えています」と意気込む。

孫 怡Yi Sun

立命館グローバル・イノベーション研究機構 専門研究員
研究テーマ

祖父母の育児参加が子どものパーソナリティ発達および適応に及ぼす影響

専門分野

パーソナリティ心理学、文化心理学、発達心理学、脳計測科学