人類が宇宙を目指してから100年余り、そんな宇宙開発の歴史と並行して、国境のない宇宙空間を平和的に利用するための宇宙法が作られてきた。先端科学・技術のガバナンスについて研究する川村仁子は、国を超えた法秩序の形成を先導してきたモデルとして宇宙法に関心を持っている。
「宇宙空間に関する法秩序は、国家間で規定する国際公法、国境を越えて民間の活動の中で作り出されるグローバル法、そして地球外知的生命体(ETI)との関係を規律する理論法としてのメタ法の大きく三つの枠組みに分けられます」と川村は説明する。中でも最も知られているのが国家間の関係を定める宇宙法だとしてその歴史をひも解いた。
それによると1900年代初頭からその必要性が議論され始め、早くも1930年代には人間の宇宙活動を想定した宇宙法理論が登場した。1957年、人工衛星スプートニク1号の打ち上げ、1961年、人類初の有人宇宙飛行を経て、宇宙の探査・利用に関する法規範作りも加速していく。そして1966年、国際連合総会において国際的な宇宙法の基礎となる「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」、通称「宇宙条約」が採択された。その後1967年に「宇宙救助返還協定」、1971年「宇宙損害責任条約」、1974年「宇宙物体登録条約」などが次々と定められていく。さらに1979年、月その他の天体における国家活動を律する協定として「月協定」が採択された。当時しのぎを削っていた米ソが合意を結んだことに、川村は現代の複雑な国際問題を解く糸口を見る。
月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における
国家活動を律する原則に関する条約(宇宙条約)
採択 1966年12月19日(第21会期国連総会決議第2222号)
発効 1967年10月10日
日本国 1967年10月10日(1967年7月19日(条約第19号)国会承認)
第一条
月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用は、すべての国の利益のために、その経済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行なわれるものであり、全人類に認められる活動分野である。 月その他の天体を含む宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ、国際法に従つて、自由に探査し及び利用することができるものとし、また、天体のすべての地域への立入りは、自由である。月その他の天体を含む宇宙空間における科学的調査は、自由であり、また、諸国は、この調査における国際協力を容易にし、かつ、奨励するものとする。
第二条
月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によつても国家による取得の対象とはならない。第三条条約の当事国は、国際連合憲章を含む国際法に従つて、国際の平和及び安全の維持並びに国際間の協力及び理解の促進のために、月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における活動を行なわなければならない。
第四条
条約の当事国は、核兵器及び他の種類の大量破壊兵器を運ぶ物体を地球を回る軌道に乗せないこと、これらの兵器を天体に設置しないこと並びに他のいかなる方法によつてもこれらの兵器を宇宙空間に配置しないことを約束する。
月その他の天体は、もつぱら平和的目的のために、条約のすべての当事国によつて利用されるものとする。天体上においては、軍事基地、軍事施設及び防備施設の設置、あらゆる型の兵器の実験並びに軍事演習の実施は、禁止する。科学的研究その他の平和的目的のために軍の要員を使用することは、禁止しない。月その他の天体の平和的探査のために必要なすべての装備又は施設を使用することも、また、禁止しない。
......略......
第六条
条約の当事国は、月その他の天体を含む宇宙空間における自国の活動について、それが政府機関によつて行なわれるか非政府団体によつて行なわれるかを問わず、国際的責任を有し、自国の活動がこの条約の規定に従つて行なわれることを確保する国際的責任を有する。月その他の天体を含む宇宙空間における非政府団体の活動は、条約の関係当事国の許可及び継続的監督を必要とするものとする。国際機関が月その他の天体を含む宇宙空間において活動を行なう場合には、その国際機関及びこれに参加する条約の当事国の双方がこの条約を遵守する責任を有する。
......略......
「国をまたぎ、予測困難なリスクに対してルールを作っていくという点では宇宙法は先端科学・技術に関する法・制度の形成やリスク管理のモデルとなりえます」と川村。例えば「月協定」では、月やその他の天体とその資源を「人類共通の遺産」と定めている。宇宙開発が可能な限られた国だけにそれらの独占を許さないためだ。この「人類共通の遺産」という法的戦略概念は1970年に深海底の開発において生じ、それが、ニューフロンティアとしての宇宙空間にも適用されたもので、一種の戦略概念として自然や文化および技術にも適用されうる。
これまでも宇宙法が先端科学・技術の関連分野に援用された例は少なくないという。
「『宇宙条約』第6条には宇宙空間に発射された物体に関して関係当事国に『許可および継続的な監督の義務』が定められています。また、米国や日本、その他の国では『宇宙損害責任条約』の国内での執行に関して、民間の汚染者が負担できないほどの損害が生じた際には、国家が代わって補填するとされています。これらは最先端の科学・技術を商業化する際の安全性の確保においても非常に重要な視点です」と指摘する。
川村は先端科学・技術の一つであるAI(人工知能)技術やナノテクをめぐるグローバル・ガバナンスについて研究しているが、ここにも宇宙法で確立された法の一般原則の適用可能性を見る。「AI技術は人類に大きな恩恵をもたらす可能性を秘めていると同時に、人類全体に関わるリスクも孕んでいます。予測できないリスクへの有効な予防を行うために、EUでは今年の4月末にAI規制法案が提出されました」と川村。EUではAIシステムの定義づけに始まり、まずは既存の法律や法理で対応できないかが検討されてきた。
通常製品の欠陥による損害は、欠陥商品に対する製造物責任を適用できる。しかしAIロボットの場合はそう単純ではない。問題はAIロボットが自ら学習し作動する自律性を備えていることだ。川村によると、フランス民法ではAIロボットに対して従物責任、特に動物責任を類推することも議論されたという。だがやはり動物とAIロボットではその機能や役割に大きな隔たりがある。さらに「2017年にまとめられた欧州議会法務委員会の勧告的意見の中では、将来的には自律型AIロボット自身に電子人格を与えて保険加入の対象とし、もしロボットが原因で損害が生じた場合は、ロボット自身に責任を負わせ、ロボットが加入している保険で補償する方法も提案されました」と言う。
AIに限らず、全人類に累が及ぶリスクのある先端科学・技術にはグローバルな法規範によるガバナンスが不可欠だ。とりわけ近年、官民のパートナーシップに基づき取り組む「PPP(Public Private Partnership)」による開発が増えており、その必要性は増している。「宇宙開発でも『PPP』が主流となっており、その点でも宇宙法の法規範に学ぶところがあると考えています」と川村は話す。
最後に川村はメタ法に関する興味深いエピソードを明かした。1970年代以降の一時期、活発に研究が行われたというメタ法。1977年には国連がETIに関するレポートを出し、1987年にアルゼンチンのコルドバ大学と米州機構が中心となって開催した会議では、ETIが地球に到来した際、いかにコミュニケーションを取るかについて真剣に議論されたという。これを荒唐無稽と一蹴するのは早計だと川村は指摘する。「専門家が真剣に考えたのは、自分とは全く異なる他者をいかに理解するかということ。それはまさに現代社会で求められている多様性理解に共通するものです。宇宙法は現代社会を生きる私達にも豊かな示唆を与えてくれるものなのです」。