南アフリカ(以下、南ア)金鉱山で、地下1~3kmの坑道付近で起きるマグニチュード(M)2からM5.5の地震の発生場所まで掘削する「南アDSeis(ディーサイス)計画(Drilling into Seismogenic zones of M2-5.5 earthquakes in South African goldmines)」が2017年6月に始まった。2018年6月に掘削が完了し、孔の検層調査も7月中に完了した。
計画はドイツに本拠を置く「国際陸上掘削科学プログラム(ICDP)」に採択され、日本が主導し、南ア、スイス、アメリカ、ドイツ、インド、オーストラリア、イスラエルが参画する。この大規模な国際研究プロジェクトの中心でまとめ役を担っているのが立命館大学の小笠原宏だ。小笠原は24年以上、南ア金鉱山で地震の震源物理を研究し続けている(現在の日本の協力機関は東北大学、京都大学、東京大学、大阪大学、高知大学、深田地質研究所、株式会社3D地科学研究所、産業技術総合研究所、防災科学技術研究所など)。
南アでは120年以上地下深くまで数多くの金鉱脈が掘り進められ、たくさんの空洞ができた結果、岩盤に大きなひずみが生じ、日常的に小規模の地震が発生している。「自然の地震も岩盤に溜まったストレスによって起こると考えられていますが、自然地震を観測することは極めて困難です。一方金鉱山の地下では震源の断層や岩盤の破壊の痕跡がそのままの姿で残されています。それらを調べれば、地震活動の発生や収束を決める要因を見つけ出せるかもしれません」と小笠原は語る。
とりわけモアプ・コツォン(Moab Khotsong)金鉱山では、地下3kmからわずか600~800m掘り進めるだけで今も余震活動が続いている震源断層の直接調査と貴重な試料の回収ができる。「これは世界初の試みです。自然地震の地表付近からの観測で捉えられなかった震源の生の姿の調査は、地震発生のメカニズムの未解明な部分の答えが得られる可能性を秘めています」と小笠原は期待を寄せる。
小笠原の研究チームは2010年から2015年にかけてJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)とJICA(独立行政法人国際協力機構)による「地球規模対応国際科学技術協力」プロジェクトなどで、金鉱山の地下1~3.4kmで発生する地震を至近距離で観測することに成功している。今回は地震学や岩盤工学に加えて地質学、構造地質学、地球微生物学など幅広い学術分野の研究者が協力し、震源近くの地震活動と地質構造のみならず、地下水や微生物活動についても調査する。採取した試料はICDPにデジタルアーカイブされ、いずれ国際的に公開され多分野の研究に生かされることになる。
震源を観測するにはあらかじめ地震の発生時期と場所を特定し、震源付近に超高感度地震計を埋め込んでおく必要がある。南ア協力機関や日本が観測した掘削対象の本震と数十万個の余震や極微小地震データに基づいて、小笠原らは掘削計画をたてた。2017年6月、いよいよ地下2.9kmの坑道からM5.5の余震が発生する一帯の上部を貫通する場所と、至近距離で横断する場所を目指して2孔の掘削を開始。直径約76mm、長さ約820mと約700mを掘削し、コアと呼ばれる棒状の試料の回収を試みた。2018年2月、2本目の掘削がM5.5の余震発生帯を貫通。そこは、きわめて断層すべりが起こりやすい物質をもつ、2mよりも薄い断層破砕帯であった。
「M5.5やその余震によって起こったと考えられるフレッシュな破壊箇所や過去に地震発生歴がない岩盤に圧力が集中したことによってできた新しい亀裂群など非常に興味深い試料を数多く回収することができました」と成果を語った小笠原。さっそく震源断層とその周辺の応力や物性、岩盤の割れ方などの測定や詳細な構造地質学的解析が始まっている。「余震域に到達する直前で岩盤の差応力が局所的に大きくなっているといった注目に値する結果も出てきています。これからM5.5主破壊の観測データの解析も進め、余震の活動解析の結果などとも比較検証することで地震の破壊の様相やその伝播をコントロールする条件を明らかにしたい」と目論む。
一方でアメリカ・プリンストン大学の地球微生物学研究グループは、大深度の岩盤内の微生物を追い求めている。地震によって岩盤が破壊されると水素が発生する。地球創始代、そうした水素が地下大深度に生息する微生物の活動を支えていたという仮説がある。今回の研究でそんな地球の生命誕生の謎も明らかになるかもしれない。 今後は、「コア試料の解析を進めるとともに、『DSeis計画』の掘削をさらに延長したり、別方向からも掘削調査を行い、より深い場所や規模の大きい余震の発生域を調査したいと考えています」と小笠原。地震発生のメカニズムが解明される日は近いのか。成果が待たれる。