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  • ISSUE 11:
  • ことば・文字・コミュニケーション

古代文字・漢字の可能性を広げる文理共創プロジェクト

古代文字をフォント化した「白川フォント」、オリジナル古代文字「鯱旗+R甲骨体」を開発しスタンプにも応用。

萩原 正樹文学部 教授

湊 宣明テクノロジー・マネジメント研究科 教授

ビルゲサイハン・バトジャルガル衣笠総合研究機構 専門研究員

    sdgs04|

「漢字」は、今からほぼ3300年前の中国殷王朝の時代に生まれ、現在も使われている文字体系である。中国から日本をはじめ周辺の国・地域に伝播し、大きな文化的影響を与えてきた。

2016年、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所と情報理工学部ディジタル図書館研究室との共同で、漢字の起源とされる甲骨文や金文などの古代文字をコンピュータ上で使えるようにフォント化して、他の書体と同様に随意に変換できるシステムを開発するという研究プロジェクトが始まった。

白川静記念東洋文字文化研究所は立命館大学名誉教授で漢字研究の第一人者だった白川静の名を冠している。白川は中国文学者であり、古代文字から漢字の成り立ちを研究したことで知られ、彼による新たな漢字の解釈は「白川文字学」と称されている。

かつて「白川文字学」について学んだことがある萩原正樹がプロジェクトの推進役を担った。萩原は中国文学、とりわけ中国唐宋代の詞の研究を専門とする。「そもそもこのプロジェクトは『古代文字を使って子どもたちに漢字教育を行いたい。誰もがパソコンで扱える古代文字フォントを作れないか』という教育現場からの要望がきっかけで始まりました。そこでまず現代の常用漢字の成り立ち、意味、用例を記した白川静の編著『漢字類編』、『字通』、『常用字解』などに収録された古代文字から亀の甲羅や骨に刻まれた甲骨文字を681字、青銅器の表面に鋳込まれた金文を1,084字、その他篆文2,593字、古文30字、籀文(ちゅうぶん)3字、計4,391字を選び出しました。」と萩原は説明する。これらは常用漢字(2,136字)、人名漢字(650字)の中に該当する漢字があると判明した古代文字である。

萩原らが選んだ古代文字4,391字から文字フォントを制作し、「漢字検索システム」を開発したのは情報学を専門とする情報理工学部ディジタル図書館研究室のBiligsaikhan Batjargal(ビルゲサイハン・バトジャルガル)である。彼は多様な言語やデジタル化された歴史資料の検索法、アクセス方法について研究している。まず古代文字を『字通』などからスキャンし、SVG形式の画像として文字フォントを作成した。「アウトラインノイズなどを取り除くだけでなく、萩原教授らに漢字の成り立ちについて説明を受けながら字形を微調整し、理想の書体に近づけていきました」とバトジャルガル。こうしてできあがったフォントは「白川フォント」と名付けられた。

次に現代の漢字を古代文字に変換する「漢字検索システム」の開発に着手。「汎用性を高めるため文字の国際コード体系である『Unicode(ユニコード)』に対応したシステムを構築しました。これによりWindowsをはじめ一般的なOSのすべてで使うことができるようにしました」とバトジャルガルは工夫を語った。

そして2016年12月、「白川フォントver.1.0」および「漢字検索システム」をインターネットで無料公開。フォントをダウンロードすれば、1文字でもまた熟語のような複数文字の組み合わせも検索できるようになった。2019年3月現在、ダウンロード数は9,500を超え、白川文字学に関わる研究や漢字教育の他、さまざまな用途に活用されている。

「白川フォント」ダウンロードページ
フォントとしてWindowsをはじめ一般的なOSで利用できる

本プロジェクトは古代文字の電子化だけに留まらない。萩原とバトジャルガルらが開発した「白川フォント」を活用し新たな価値創造を考えたのが湊宣明である。技術経営学を専門とする湊はテクノロジーを価値ある商品やサービスに変える方法論の研究を行っている。「私の研究室に、別の共同研究用にシヤチハタ株式会社から貸与されたスタンプ自動製作機が置いてあり、それを見た大学職員との会話がヒントとなり『白川フォント』の商品化につながるインスピレーションを得ました。理工系の研究成果とは異なり、人文系の研究成果はマネタイズが難しく、研究資金に苦労すると聞いています。その中で『白川フォント』は収益化可能な研究成果であり、事業化のための共同研究を進めるべきだと思いました」と湊。彼が中心となり、シヤチハタ株式会社との共同で「白川フォント」を使ったスタンプ開発に成功した。

スタンプを製作するにあたってもう一つ新たに試みたのが、本来の古代文字にはないオリジナルの古代文字フォントを開発することだった。「『白川フォント』に含まれる甲骨文字は681種類ですが、現代の私たちが使う常用漢字は2,136種類もあります。変換できない文字があったのではビジネスに活用しにくい。そこで萩原教授らの助言のもと、古代文字の要素を組み合わせて現代常用漢字を表現する新しいフォント開発プロジェクトをスタートさせました」と湊。例えば常用漢字で「峠」を表す甲骨文字は発見されていないため、「峠」を「山」、「上」、「下」という構成要素に分解し、それぞれに対応する甲骨文字を組み合わせることで、新しいフォント「鯱旗+R甲骨体」を誕生させた。こうして完成した甲骨文字スタンプを製作できるマシンは、イベント開催時に会場へ設置され限定公開が行われた。

シヤチハタ株式会社OSMOで作った「鯱旗+R甲骨体フォント」のスタンプ。手前が「峠」、左から順に「象」「馬」「虎」「龍」。

「中国では国家的なプロジェクトとして古代文字のデジタル化が進められていますが、日本ではまだほとんど進んでいません。今回のプロジェクトでは、白川静の研究蓄積のある立命館大学で人文科学系、自然科学系、社会科学系の研究者の連携によってこれまでにない発想の転換が生まれ、思いがけない成果を挙げることができました」と萩原。さらにバトジャルガルは現在、ディジタル図書館研究室博士後期課程学生の李康穎氏らと共同で、ディープラーニングを使って古代文字を認識する新たな技術の開発にも取り組んでいる。今後は古典籍のデジタルアーカイブに多く含まれる蔵書印に刻まれた古代文字についても検索システムを構築していきたいという。

白川静記念 東洋文字文化研究所所蔵の白川静の研究ノートより。甲骨文字や金文には、活字にない字が多く、一般学術誌に寄稿するには大変な困難をともなう。そこで白川は手書き原稿を自ら謄写版印刷して製本するという発表の形態をとっていた。

白川静記念

東洋文字文化研究所

The shirakawa Shizuka Institute of East Asian Characters and Culture,Ritsumeikan University

白川静記念東洋文字文化研究所は、中国古代の文化や漢字研究(甲骨文・金文・篆文)を中心に、広く東洋社会全体を俯瞰する卓抜した研究業績を遺された白川静名誉教授の文化勲章受章を記念し、2005年5月に設立されました。翌年10月に同名誉教授が逝去された後も、研究事業・文化事業の二つの柱を基軸として、東洋文字文化研究の振興と高度化とともに広く一般社会を対照とした教育・普及を目的としています。また国内外、とりわけ東アジアを中心とした地域へ「白川文字学」を発信し、東アジアにおける東洋文字文化研究の拠点化を目指しています。

白川静記念 東洋文字文化研究所
「白川フォント」研究プロジェクト
「白川フォント」ダウンロードページ

関連サイト

萩原 正樹HAGIWARA Masaki

文学部 教授
研究テーマ

詞譜の研究、詞牌研究、森川竹磎研究、日本の詞学

専門分野

日本文学、中国文学

湊 宣明MINATO Nobuaki

テクノロジー・マネジメント研究科 教授
研究テーマ

研究開発・製品開発・サービスデザインのためのシステムズアプローチ

専門分野

技術経営学、システム工学

ビルゲサイハン・バトジャルガルBiligsaikhan Batjargal

衣笠総合研究機構 専門研究員
研究テーマ

ディジタル図書館における多言語情報アクセスに関する研究

専門分野

図書館情報学・人文社会情報学