何をどう研究するべきかさえ不分明だった黎明期以来、ゲーム研究の在り方を模索してきたのが細井浩一だ。その細井が長年取り組んでいるのが、立命館大学ゲームアーカイブ・プロジェクトである。
細井がゲーム研究を思い立ったころ、研究素材はないに等しかった。「個人的に持っているゲームはありましたが、それだけではどうしようもないし、研究費で買い足そうとすれば『おもちゃを買ったらいけません』と叱られてしまうし」と振り返る細井だが、任天堂の上村雅之開発第二部長(当時)との出会いで事態が好転した。任天堂社内で保管されていたファミコンソフト約1,800本の貸与を受け、整理と分類を行えることになったのだ。タイトル・発売日・メーカーなどの基本情報をパッケージやタイトル画面、時には実際にプレイしてエンドロールから確認し、プロジェクトのウェブサイトにも公開した。できることから手をつけた形だったが、ゲームを文化資産として、今後の人材育成のツールとして捉え、公共的に活用する仕組みを整えた点で画期的な取り組みだった。
2022年2月現在、アーカイブにはソフトウェア11,283タイトル、ハードウェア115種類、周辺機器200種類、雑誌やフライヤー、新聞広告、サウンドトラックなどの関連資料約8,000種類が登録済(重複除く)であり、現物資料は大学内で、米国議会図書館の基準に則って気温摂氏24度、湿度50%の環境で保管されている。ハードウェアとソフトウェアの所蔵数は、国立国会図書館を含む国内公的機関の中で最大、世界でも有数の規模となった。このデータは文化庁が構築する「メディア芸術データベース」にも公式に提供されている。
だが、いくら保存環境を整えても、ハードウェアもソフトウェアもいずれ劣化は避けられない。いつでも遊べる状態での維持・管理が理想だが、メンテナンスや動態保存のための技術と経費は不十分だと細井は顔を曇らせる。「欧米の連携先を視察に行くと、コレクションを展示し、遊んでもらって料金を取っています。欧米では個人寄付や公的な補助金も充実しており、集めた資金で動態保存の経費を賄い、保存活動をサステナブル(持続可能)にすることを目指しているのです」。日本でも博物館法が改正され、大学をはじめとする研究機関も博物館を登録することが可能になった。「大学はいろいろな資料体を収蔵していますが、それらを恒久的に活用可能な状態で維持・公開するエコシステムは未発達です。ゲームは権利関係が難しい資料でもありますが、社会的活用に向けた新たなモデルを構築し、ゲームの価値や意味を伝承する体制を整えるべきだと考えています」
RCGSは、所蔵資料の紹介と将来的な展示の在り方の検討を兼ねて、複数の研究展示を企画してきた。本年2月までオンラインで開催したゲーム音楽展『Ludo-Musica II』は、ゲーム音楽をテーマとした2度目の企画で、昨年の夏季五輪でゲーム音楽が使用されたという話題性もあって好評だった。「文化庁の支援事業の一環で制作したもので、サステナブルではありませんでしたが、展示のノウハウは実際に展示を行わないと溜まりません。権利関係をクリアするには誰とどんな交渉が必要か、展示の解説をどう書けば誰にどう響くかなど、今回も多くの学びがありました。こういう展示を補助金ではなく自力あるいは産学連携で行えるようにして、コレクションや文化資源の維持管理と、教員や学生が研究したり学習したりできる環境を両立させる循環型のアーカイブを作ることが今後の目標です」
ゲームを単なるモノではなく、人間が遊ぶことによって成立するインタラクティブなエンターテインメントと捉えるなら、人々がどう遊び、何を面白いと感じたのかをも後世に残す必要がある。このことについて細井は、江戸時代の歌舞伎や浄瑠璃などの伝統芸能に関するアーカイブが参考になると言う。「当時の舞台を映像記録で直接見ることはもちろんかないませんが、浮世絵や脚本、台詞抄本、謡曲集、役者の評判記や自伝のような劇書と呼ばれる書物などから当時の様子を豊かに伺い知ることができます。ゲームについてもハードやソフトだけではなく、ゲーム雑誌や攻略本、同人誌、広告資料などの印刷系メディアを資料体として組織化する必要があります」
オンラインゲームやソーシャルゲームなど家庭用ゲーム以外のゲームの基本情報の自動収集、ゲーム開発者やビジネスパーソンのオーラル・ヒストリー(口述歴史)の収集など、他にも複数のプロジェクトが既に動き出しているという。時間がかかりそうなものも少なくないともいうが、物理的な資料に留まらずゲームを取り巻く文化の保存を目指すゲームアーカイブの今後に期待したい。