カテゴリーで探す
キーワードで探す
  • ISSUE 12:
  • 環境

気候変動がもたらす問題を解決する道筋を推計する

地球温暖化対策を講じると飢餓の危機にさらされる人が7,800万人増える?

長谷川 知子理工学部 准教授

    sdgs02|

今、世界を挙げて地球温暖化対策に取り組んでいるが、効果をあげるのは容易ではない。なぜなら地球温暖化の影響は多岐にわたるため、一つの対策が意図せず別の分野に悪影響を及ぼすことがあるからだ。

2015年12月のCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)で「パリ協定」が採択され、世界の平均気温の上昇を産業革命以前の2℃未満に保つこと、さらには1.5℃以下に抑えるよう努力することが約束された。「この野心的な目標を達成するためには、再生可能エネルギーを大量導入することによるエネルギーシステムの転換だけでなく、さらに踏み込んだ対策が必要になるといわれています」と長谷川知子は解説する。例えばバイオエネルギーの活用も対策の一つだが、これには大きな問題がある。それはバイオエネルギーの原料となる作物を育てるために広大な土地が必要なことだ。「それが食料生産のための土地や水資源と競合し、食料価格の上昇や飢餓リスクの増大をもたらす危険性が指摘されています」と長谷川。ではいったいどうすればいいのか? 明確な解決策は見出されていない。

長谷川は、シミュレーションモデルを用いて気候変動によってもたらされる問題を明らかにし、この難題に答えを提示しようとしている。その一つとして、国際的に評価されている統合評価モデルや世界農業経済モデルを使い、2050年までの気候変化と温室効果ガス(GHG)排出削減策が食料安全保障に与える影響を評価した。長谷川によると国際的に信頼性の高いシミュレーションモデルにはいくつかあり、日本の統合評価モデルAIM(Asian-Pacific Integrated Model)もその一つだ。これは、将来の人口とGDPを変数として気候やエネルギー、経済システム、食料需給、土地利用、GHG排出量、GHG排出削減量などを推計するモデルだという。

長谷川は今回の研究で、AIMに加えて7つのモデルを使い、気候変動やGHG排出削減策が農作物の生産や消費、食料価格に及ぼす影響を評価した。複数のモデルを使うのは世界初の試みだ。これにより将来推計の不確実性が考慮でき、より強固な推計が期待される。

シミュレーションを行った長谷川は、いくつかの興味深い結果を導き出した。特に衝撃的なのは、食料安全保障に配慮せずにGHG削減策を実施した場合、2050年時点でGHG対策を何も講じない場合よりも食料消費量が世界全体平均で5%程度低くなり、2050年には飢餓リスク人口が7,800万人も多くなるという推計だ。8つのモデルすべてで同様の結果となり、信ぴょう性は高いといえる。これを一人あたりの摂取エネルギーに換算すると、世界平均で一日約100kcalも摂取量が減ることになる。「日本人にとってはそれほど深刻ではないかもしれませんが、インドや南アジア、アフリカなど食料不足に瀕している国で1日当たりのエネルギー摂取量が100kcalも減少したら、飢餓状態に陥る深刻な水準に達してしまいます」と懸念する。

「しかしこの結果は決してGHG削減対策を否定するものではない」と長谷川は強調する。「GHG増加の影響は多岐にわたるため、削減対策は不可欠」としながらも「一律に同じ削減策を課すのではなく、飢餓リスクの高い国の負担を軽くしたり、食料支援を行うなど柔軟な政策で食料安全保障に対する負の影響を回避することが重要です。そのためには国際的な議論や協力が欠かせません」と提案する。

気候変動影響と温暖化排出削減策を実施しないベースラインケースでのa飢餓リスク人口とb一人当たりの食料消費カロリー。3つの社会経済条件(SSP1~3)及び異なる気候変動影響とGHG排出削減シナリオにおけるc飢餓リスク人口とd一人当たりの食料消費カロリーへの影響。cdの数値はベースラインからの変化量を示す。
RCP2.6 …… 2℃目標の達成に相当する強いGHG排出削減策を実施する場合
RCP6.0 …… GHG排出削減策を実施せず温暖化が進むシナリオ
(Hasegawa et al., 2018)

さらに長谷川は最新の研究(Hasegawa et al., 2019)で、国際的な開発目標(SDGs)に設定されている飢餓撲滅をテーマにしたシミュレーションも実施している。長谷川によると飢餓を根絶するには食料生産量を増やす必要があるが、そのための農地開拓や土地利用が環境に悪影響を及ぼす可能性がある。長谷川はオーストリアの研究チームとの共同研究で、飢餓撲滅を達成することによる環境への影響を評価するとともに、そうした負の影響を抑制するための方法について検討した。研究では新たな試みとして国際応用システム分析研究所(IIASA: International Institute for Applied Systems Analysis)が開発した世界農業経済モデルGLOBIOMが使われた。「それによるとこのまま経済成長を続けた場合、2030年までに飢餓を撲滅するには、2030年時点で飢餓対策を行わない場合と比べて食料生産量を約20%増やす必要があり、それには農地を48Mhaも増やさなければならない。その結果、GHG排出量も大幅に増大すると算定されました」と言う。一方で飢餓リスクの高い国・地域に集中的に食糧支援を実施し、先進国では食料廃棄物を削減したり、過剰摂取を抑えるなどの対策をとることで食料需要の増大を9%程度減らせ、その分環境負荷も低減できると推計された。「飢餓対策には食料増産に加えて食べ過ぎや食品ロスを減らすなどとあわせて実施していくことが重要」と長谷川。地球環境を守りつつ持続可能な社会を実現するために、世界が手を携えグローバルな視野で解決策を考えていかねばならない。

地域別にみると、サブサハラアフリカ、南アジア(インドとその他アジア)で大きな負の影響が見られる。これらの地域は、気候変動緩和策を取らず仮想的に気候変動影響もないと仮定したベースラインにおいて、2050年世界全体の飢餓リスク人口のそれぞれ40%、20%を占めるが、RCP2.6(2℃目標相当)のGHG排出削減策の実施によって、ベースラインからさらに1,200万人、1,600万人の飢餓リスク人口が増加することが示された。
(Hasegawa et al., 2018)

長谷川 知子HASEGAWA Tomoko

理工学部 准教授
研究テーマ

気候変動による影響、適応策・緩和策の効果、農業・土地利用変化由来の温室効果ガスの排出とその削減効果、食料需給システム、バイオエネルギー、食料安全保障に関する統合評価モデリング

専門分野

環境システム工学