あらゆる製品・サービスはライフサイクル全体を通じて環境負荷を発生させている。中野勝行はそれを定量化するライフサイクルアセスメント(LCA)を研究している。環境への影響だけでなく社会的側面も含め、LCAの技法開発にも取り組む。
ライフサイクルを通じた環境負荷を評価する
環境負荷低減や資源循環に有効であるとしてPETボトルのリサイクルが推進されている。しかし実際には使用済みPETボトルを回収してリサイクル工場に輸送する際にエネルギーを使用し、二酸化炭素(CO₂)を排出する。また工場でペットボトルを洗い、粉砕・溶解して原料に戻す過程でも水や電気を必要とする。
「あらゆる製品・サービスには原料の採取から製品の製造、使用、そして廃棄あるいはリサイクルに至る『一生(ライフサイクル)』があり、そのすべての過程で何らかの環境負荷を発生させています。環境負荷低減を図るなら、ライフサイクル全体を考える必要があります」と中野勝行は説明する。こうした製品やサービスのライフサイクルを通じて環境影響を定量的に評価する技法に、「ライフサイクルアセスメント(LCA)」がある。近年、脱炭素への世界的な動きの中で、企業が事業活動で環境負荷低減に取り組んだり、その情報を開示する際にLCAが活用されている。
中野によると、LCAは国際規格ISO14040:2006によって手順が示されており、それが国際標準として広く用いられている。また産業分野によってもさまざまな評価手法が開発・標準化されている。「しかし製品やサービスによってライフサイクルは多様で、標準的な指標では測れなかったり、不適切に評価されてしまう場合もあります」。中野はさまざまなライフサイクル評価の技法やデータベースを活用し、環境影響を評価する事例研究とともに、新たな評価手法の開発を行っている。立命館大学の研究者が中心となってバイオ炭による炭素貯留を推進する「立命館大学カーボンマイナスプロジェクト」においても、CO₂削減効果についてLCAを担っている。
新素材・新技術のLCAを可能にする手法を開発
もう一つ中野が注力しているのが、既存にない新素材や新技術のLCAだ。PETボトルや自動車といったすでに社会に流通している製品と違い、まだ作り方も世の中での使い方さえ明確になっていない新しい素材や技術を適正に評価するにはどうすればいいのか。「開発段階では製品の機能性などの追求に力点が置かれているため、原料もエネルギーも惜しみなく使われます。当然ながら既存製品に比べて生産効率は悪く、環境負荷も高くなります。そこを評価するのではなく、新素材が完成し、量産化が可能になった時の生産プロセスや、市場に出た後の環境影響などあらゆるシナリオを想定し、改善点をあぶり出せる評価手法を考える必要があります」と言う。
現在中野が焦点を当てる新素材にセルロースナノファイバーがある。木材などをナノサイズにまで細かくほぐした繊維で、非常に軽くて強く、安定しているという優れた機能を持つことから、さまざまな分野で用途開発が進められている。「環境に優しいバイオマス由来の素材と位置づけられていますが、果たして本当にそう言えるか。現在、LCAなどの評価手法の検討・開発に取り組んでいます」
社会的側面のLCAも実施
トレードオフにならない取り組みが必須
中野は最近の研究で、企業のLCAにおける二つのトレンドについて論じている。一つは、より実際のLCAデータを収集するトレンドだ。統計などを用いた一般的なデータから、取引先から実際のデータを得る傾向である。一般的なデータでは取引先の様々な取り組みがデータに反映できない。取引先からデータを得て、サプライチェーンで協働して環境負荷を削減するのである。
もう一つのトレンドとして、CO₂排出量だけでなく、他の環境側面にも評価が拡大していることを挙げた。「CO₂排出量を削減できても、代わりに製造に希少資源を用いたり、生態系に悪影響を及ぼす化学物質を使うといったトレードオフになる場合があります。それを防ぐため、想定外の副作用が発生していないかを確認することも重視しています」
さらに評価拡大の範囲は、環境側面だけでなくサプライチェーンを通じたリスク評価や、児童労働・人権といった社会的側面にも及んでいるという。「社会的影響には多様な要素があります。UNEP(国連環境計画)のガイドラインを見ると、例えば『労働者』のカテゴリーには、結社の自由・団体交渉権、児童労働、労働時間、強制労働、機会の平等・差別、健康・安全など多くの評価項目が挙げられています」
さまざまな評価指標を検討し、意思決定に使える指標を探る中で、「環境側面と社会的側面を同じテーブルで検討できる指標として面白いと思っているのが、『障害調整生存年 (DALY:Disability-adjusted Life Year)』です」と中野。DALYは、「死亡によって失われた年数」と「障害よって失われた年数」から算出され、死亡年齢に障害度を加味する健康指標として国際的に用いられている。例えば「有害な化学物質の使用」に対し、環境への影響と人への障害の両方をDALYで算出し、比較検討することもできるのだ。
「とはいえ環境側面と社会的側面のリスクがトレードオフになる取り組みは避けるべきです。両側面が両立する方策を模索する必要があります」と改めて強調した中野。LCAを通じて、環境、社会、経済いずれの側面も良い方向へと進む道筋を探求し続けている。