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  • ISSUE 19:
  • 地域/Regional

「食」が拓く地域の未来

滋賀県の豊かな食資源を持続可能な地域づくりに活かす

吉積 巳貴食マネジメント学部 教授

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滋賀県・近江盆地の中心に広がる日本最大の湖・琵琶湖。京阪神地域に住む1,400万人以上の人々の生活を支える水源であるとともに世界有数の古代湖であり、多様な固有種が生息する独自の生態系を今なお維持している。周辺地域ではこの水の恵みを活かした農業や漁業が発達し、豊かな食資源や食文化が現代に受け継がれている。

「ところがこうした美しい自然や豊かな食資源のすばらしさが、全国の人はもちろんそこに住む人にもあまり知られていない現状があります」。そう指摘する吉積巳貴は、地域資源を活用し、住民主体で持続可能な地域づくりを行う方法を研究している。これまで国内外のフィールドで、その土地の魅力や資源を活かすアクション・リサーチを実施してきた。

2018年からは滋賀県西部にある高島市と連携し、高島市の農林水産資源を再評価して新たなビジネスの創出や地域の持続的発展につなげる試みに取り組んでいる。2019年、立命館大学食マネジメント学部の研究者や学生と共に、高島市の高島、安曇川、今津、朽木、マキノ、新旭の地区で食資源に関する実態調査を実施した。「農業・漁業従事者から食品加工業者、飲食店やスーパーマーケットといった小売り事業者まで、食産業に携わるさまざまな人々へのインタビュー調査を通して、食に関する情報の掘り起こしや食資源の再評価を行いました」

中でも新旭地区での食資源調査で吉積らが注目したのが、豊かな水源を活用する仕組み「カバタ(川端)」である。吉積が指導する学生が収集した文献・資料によると、新旭町針江地区では2010年の時点で110ものカバタが機能している。「カバタは、比良山系から流れてくる地下水を民家に引き込み、生活に利用するこの地域独特の仕組みのことです。家の内外に作られた水場(外カバタ・内カバタ)は、収穫した野菜の土落とし、野菜や果物の冷却、調理器具や食器の浸け置きなど、実に幅広い用途に使われています」

しかしライフスタイルの変化に伴って次第にカバタは姿を消しつつあるという。それに対し吉積は「カバタのある住まいや暮らしは持続可能な循環型社会のモデルとなり得る」と、新たな視点で評価する。「カバタの水温は一年中15℃前後と一定です。夏は冷たく冬は温かい。特に冬場は、外が凍てついてもカバタのおかげで家の水は温かく、湯沸かし器などがなくても快適に炊事をすることができました。また数十年前までは、カバタに浸けた鍋や皿に付着した残飯を鯉が食べ、カバタの水を使って耕す家の畑に、生ごみをまいて肥料にする慣習があり、カバタを中心に今で言う『廃棄物ゼロ』の生活が実現していました。現代でも学ぶべきところがあります」と説明する。

加えて吉積らは、カバタを活用した食産業や食資源の事例も収集し、再評価している。「例えば針江地区で130年以上営業している豆腐店では、大豆を柔らかくするためにカバタの水を活用しています。また160年の歴史を持つ造り酒屋では、酒造りに欠かせない仕込み水に湧水を利用しています」。こうした「カバタの水」という付加価値がどのように認知され、食ビジネスの創出につながっていくのか、吉積はカバタと食産業との関係を明らかにした。「事業者の方々は大変な努力で付加価値を生み出しているにもかかわらず、それが認知されていないことが、地域の人々と食資源が離れる一因になっています。私たちの調査結果を地域に発信することで、地域の人々の認知や理解を高めていく必要があると改めて実感しました」。調査結果は高島市に提供され、地域の食産業政策に活かされている。

また吉積らは、琵琶湖で獲れる湖魚についても詳細な調査を行った。背景には若い世代を中心に湖魚を食べる習慣がなくなり、需要が減少しているという課題がある。「豊かな湖魚食文化を次代に継承していく仕組みや方法を見出すため、湖魚食の新しい可能性を探りたい」として、琵琶湖の伝統的な漁業と湖魚食文化、さまざまな湖魚の販売推移や消費動向などを調査。水産加工・販売業者・外食事業者らが湖魚の消費拡大に向けて取り組んでいる事例を集めた。「創業から230年以上を数える老舗のフナ寿司店が『フナ寿司を使ったパスタ』を開発し、現代の食習慣に合った食べ方を提案するなど、革新的な取り組みを発見しました」。現在は調査範囲を滋賀県全域に拡大。湖魚食の実態を捉えるとともに、湖魚を使った新たなレシピを開発して飲食店に提案するなど湖魚食文化を広げる可能性を模索している。

さらに吉積の関心は、観光業との連携や人材育成にも広がっている。高島市の観光協会と連携し、高島市をフィールドにSDGsについて学べる教育旅行を企画し、観光・教育事業に着手した。「SDGs人材、環境人材の育成につながる環境学習プログラムの開発に向けた研究も行っています。行政、農家や漁師の方々、企業、住民の方々などと連携し、学生が地域で学べる場をつくるだけでなく、教育を通じて地域にも貢献できる仕組みを考えていきたい」と展望している。

吉積 巳貴YOSHIZUMI Miki

食マネジメント学部 教授
研究テーマ

持続可能な食と地域づくり

専門分野

環境政策、環境教育、地域づくり