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  • ISSUE 17:
  • 家・家族

においで生活を快適に、豊かにする

においが人の行動、心理に与える影響を「見える化」する。

國枝 里美食マネジメント学部 教授

    sdgs03|

人の家に招かれて玄関に足を踏み入れた瞬間、自分の家とは違うにおいに気づいて初めて自宅との違いを意識することがある。リビングや寝室に染み付いた人の汗臭やタバコのにおい、芳香剤やアロマオイルの香り、キッチンに漂う食事の残り香、洗面所や風呂場にわずかに香る石鹼や洗剤のにおいなど、住環境にはさまざまなにおいが存在している。

「ふだんはほとんど意識しないけれど、においは私たちの生活環境に深く関わっています」。そう語る國枝里美は約30年間、香料メーカーで研究開発に携わってきた経験をもとに、現在はにおいが人にどのような影響を与えるのかを研究している。

「においをうまくコントロールすることで生活や仕事の質を高めたり、人とのコミュニケーションを円滑にすることができます。しかし、使う場所やタイミングを間違えるとかえって人を不快にさせたり、時にはトラブルの原因になってしまうこともあります」と國枝は言う。においが良くも悪くも人に大きな影響を与えるのは、人によって嗜好が異なる上に、自分の放つにおいは自覚しにくいところにあるという。國枝は近年の顕著な例として、香り付き柔軟剤の流行を挙げた。

「長年日本では、無臭であることが『良し』とされ、企業は消臭のための技術開発にしのぎを削ってきました。ところが近年、欧米で暮らした経験のある人から徐々に欧米流の香りの活用が広がるようになってきました」と背景を説明する。

寝室やリビングなどの住空間の機能や場の公共性によっても、好まれるにおいは違ってくる。「柔軟剤や芳香剤などには適正使用量が表記されていますが、日本と欧米では湿気や温度などの条件が異なります。そのため、時と場合によっては衣服から放たれる柔軟剤の香りが周囲の人を不快にさせることもあります。そうしたにおいの悪影響を防ぎ、人の暮らしや人間関係に役立てるために、においを『見える化』することが重要だと考えています」と國枝。研究では、どのような場所やタイミングでどのようなにおいが好まれるのか、人の感度や嗜好とにおいとの関係を探っている。

現在注力しているのが、においが人の身体の状態や行動、心理にどのような作用を及ぼすのかを捉える研究だ。「対象者に多様なにおいを嗅いでもらい、その様子を動画で撮影して表情や動作を観察します。同時に心拍数や脳波、皮膚表面温度といった生理反応も測定し、リラックスしているのか、あるいは不快に感じているのか、心身の状態を数値で把握しようとしています」。さらに、においを嗅いだ本人が、それをどのように感じるのかを計る官能評価も実施する。官能評価で得られる主観データと映像、計測機器で測定した分析値を総合することで、各被験者への影響をより立体的に捉えようと試みている。

また、においは人の知覚や認知機能に影響を与えることも知られている。「アロマオイルの香りで心身の安定を図る試みは一般にもよく知られていますが、人の感性に働きかけ、意欲や行動に変容を引き起こし、仕事や勉強の効率を高める作用がある香りというのもあります。そのにおいの機能については多くの研究が行われています」。実際、國枝は過去の研究でにおいを用いた異言語の学習効果について実証している。

「対象者にイタリア語を記憶する課題を与え、においと記憶力の関係を調べる実験を実施しました。においを提示しながらイタリア語を覚えた被験者群と、提示せずに覚えた被験者群を比較したところ、においを嗅ぎながら覚えた被験者群の方が、言語学習効果が高いことが明らかになりました。においと情報が結びつくことによって記憶容量が増えることが示唆される結果となったのです」。國枝によると、近年こうしたにおいの機能は産業界でも注目されているという。香りの空間に身を置くことで、仕事の効率が上がることを期待してオフィスに利用する企業がある。その他にも、自社製品の魅力を高めたり、ブランドイメージの向上を図るために消費者の嗅覚に訴えようとする動きもある。

「さまざまな人の生活をサポートすることにも、においを役立てたい」と考えている國枝。「HSP(Highly Sensitive Person)」といわれる、生まれつき感受性が極めて強く敏感な気質をもった人を、においでサポートできないか、学生と共に研究している。「HSPの方の中には、人間関係の構築に困難を抱えている人が少なくありません。そうした方が、人とコミュニケーションを取る際に緊張を解きほぐしたり精神的な安定を保つために、においを役立てる方法を探っています」。その他にも「においが人のQOL(生活の質)の向上に寄与できることはたくさんある」と國枝。においやその機能を「見える化」することで、においの可能性を大きく広げていこうとしている。

國枝 里美KUNIEDA Satomi

食マネジメント学部 教授
研究テーマ

フレーバー・フレグランスが人に与える影響、食品および香粧品の官能評価、消費者の匂い表現、匂いによるコミュニケーション

専門分野

家政・生活学一般、食品科学