STORY #1
太古の歴史が刻まれた
年縞が指し示す
未来の天変地異。
- 年縞
- 古気候学
- 地質年代学
- 宇宙気候学
- アジア
中川 毅
総合科学技術研究機構 教授、古気候学研究センター長
北場 育子
総合科学技術研究機構 准教授
1万5千年前と21世紀の今、
同じ気候変動が起こっている。
地球の温度は、今後100年間に最高で5℃近く上昇するという予測がある。
「これほど急激な温暖化は現実的ではないという人もいますが、荒唐無稽とまでは言えません。およそ1万1700年前、氷河期が終わる時期、グリーンランドではわずか数年の間に5~7℃も気温が急上昇したのです」
そう語るのは、古気候学研究センターのセンター長を務める中川毅だ。「過去に起こった気候変動を明らかにすることは、未来の気候変動を予測する上で、時に現代気候学以上に有益な知恵を与えてくれる」と中川は言う。だがどうやって太古の気候変動を知るのか? 中川は、それを可能にする強力な「ものさし」を示したことで世界に名を知られる。それが、福井県にある三方五湖の一つ水月湖の湖底から採掘された「年縞」だ。
山根一眞
季節ごとに土砂やプランクトンの死骸などが湖底に積もって層状になり、縞模様をつくる。年縞は、時の流れを形に留めた自然の歴史書のようなものだ。周囲から流れ込む大きな河川がなく、水深が深く、湖底に生物が生息しない。そうしたいくつかの好条件が重なった水月湖では、堆積物がかき乱されずに積もり続け、極めて精緻な年縞が形づくられた。中川はこれまでの調査で、95m、約20万年分に相当する堆積物を湖底から採集している。2012年には、この完璧な年縞が、国際的な研究グループによって地質的・歴史的な遺物の年代を決める世界標準「IntCal(イントカル)」に採用された。すなわち、過去の年代を特定する「ものさし」として世界に認められたのだ。
水月湖の年縞の他にも、グリーンランドの氷床から採取されたアイスコア、中国の鍾乳洞の鍾乳石など、信頼性の高い「年代ものさし」がいくつかある。中でも「『グリーンランド』と肩を並べる『年代ものさし』を確立したい」中川は長らくそう目標に掲げてきた。「過去の気候変動を研究する者にとって、グリーンランドのアイスコアは、絶大な信頼と権威を持っています。しかし一地点のものさしだけに頼るのは、学術的な説得力に欠ける。グリーンランドに匹敵する信頼性の高いものさしがあれば、これまでとは比べものにならないくらい多くのことを明らかにできるはずです」
水月湖の年縞の場合、1万年ひるがえる際に生じる誤差が±29年。数百年単位で誤差を生じることもある従来のモデルと比べ、その精度は群を抜いている。圧倒的に高精度な「年代ものさし」として、水月湖の年縞が存在感を際立たせたのは間違いない。
目標は、年代ものさしをつくることではなく、それを使ってさまざまな地域や年代の気候変動を解明すること」と、中川。
年縞の1年分は、わずか0.6~0.7mm。その1枚1枚に含まれる放射性炭素(¹⁴C)濃度から年代を測定する。その他、火山灰や砂などから噴火や地震、台風の跡を発見したり、また花粉を分析し、植生を明らかにすることで、気候を突き止める。
中川が注目するのは、氷河期の末期に起こった温暖化イベントだ。グリーンランドのアイスコアと水月湖の年縞を分析すると、グリーンランドでは、1万4700年前に急激な温度上昇が起こり、やや下降した後、1万1650年前に再び気温が急上昇したことが分かる。一方、水月湖ではグリーンランドとは異なる気温の上昇曲線を描くことが年縞から分かった。グリーンランドより300年も早く、約1万5000年前から温暖化が始まっていたのである。温暖化は必ずしも世界同時的に起こったものではなかった。中川の発表は、世界に大きなインパクトを与えた。
さらに中川は、この氷河期末期に起こった気候変動と、21世紀の人類が直面している地球温暖化に類似点を指摘した。「今世界で大洪水が頻発していますが、年縞を見ると、氷河期の終わりにも同じ現象が起きていることが分かります。年縞をさらに分析することで、近い将来起こり得る気候変動や自然災害を予測できるかもしれません」
水谷 充
山根一眞