STORY #7

アジアの
飲み水危機を救え。

  • アジア
  • 衛生工学

清水 聡行

立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)専門研究員

すべての人に
安全で、おいしい水を。

水道の蛇口をひねると、安全できれいな水がいくらでもあふれ出てくる。そんな日本ではありふれた情景はしかし、世界を見渡した時にはむしろ稀だ。開発途上国では、安全な飲料水を供給する設備が十分整っているとは言い難い。多くの場合、水道や浄水施設が整備されているのは首都圏に限られ、都市部から離れた途端、水道事情は一変する。

「ODAなどで開発途上国に水道インフラを整備する事業がこれまでも行われてきたし、近年は、民間企業による海外インフラ設備への大規模投資も増えている。それなのに、なぜ?と思う人がいるかもしれません。しかし、ハードを整えただけでは、安全な飲用水を供給し続けるのは難しいのです」と、国内外における水資源の安定・効率利用について研究している清水聡行は言う。

まず水道インフラがあっても、水道水の水質が飲用に耐え得る水準にない場合が多い。また滅菌設備が整備され、浄水場では飲用できる水質を実現できたとしても、配水管の水圧が低く、断水も頻繁に起きるため、蛇口に届くまでに病原性微生物や汚染物が混入してしまう恐れがある。さらにODAで飲用水供給施設を導入した当初は良くても、年月が経つにつれ、浄水設備の拡張や配水システムの再整備、老朽化する設備のメンテナンスも必要になる。「要するに、お金と人材がない。そのため開発途上国では、水供給施設が導入されても、それを適切に維持・継続できない地域も多いのです」

アジア開発途上国の水道事情

では、経済資源に限りのある開発途上国で、持続可能な飲用水供給システムを作るには、どうしたらいいのか? 清水が提唱したのが、「配水管を通じた水供給」と「飲料ボトル水供給」の両方を取り入れた「ハイブリッド給水システム」だ。

開発途上国では多くの場合、水道水を煮沸したり、家庭用浄水器や購入水を利用して飲用水を確保している。購入水には、タンカートラックのような給水車や、湧水や地下水をボトルに詰めた個人販売の水、飲料メーカーによるボトル水などがある。清水らが考えた方法は、こうだ。水質を厳しく問わなくてもいい飲用以外の目的には水道水を利用し、飲用には、ボトル水を購入する。ただしボトル水を供給するのは、従来の民間・個人ではなく、水道事業者とし、浄水場で処理された安全性の高い水をボトルに詰め、一般のボトル水より安く販売するのだ。「大規模な設備投資を必要とせず、住民は低価格で安全な飲用水を手にすることができる。一方で、水道業者がボトル水を販売した収益を配水管や浄水設備の維持管理や更新・拡張に投資できるところがポイント」と、清水。これによって将来は安全な飲用水を水道で供給することができるようになるかもしれない。「持続可能で発展的な給水システム」であるところに、従来にはない可能性が見える。

アジア開発途上国の水道事情
アジア開発途上国の水道事情

「ハイブリッド給水システム」に実現性はあるのか。それを確かめるため、清水らは、フィリピン、ラオス、ベトナムの3ヵ国で、水道事業体、および住民へのヒアリング・アンケート調査、検針水量調査を実施している。

調査結果から、まず購入水の利用率は、フィリピンの一部やラオスで60~90%以上と高く、一方ベトナムでは、1.6~最高でも18%ほどしかないことが分かった。次に、世帯収入に占める水に係る費用の割合を見ると、3ヵ国とも水道料金と購入水の費用を合わせると3~7%にのぼる。OECD(経済開発機構)の報告で「水と衛生に係る費用は3~5%が望ましい」とされていることから考えると、この値は各世帯にとって「手痛い出費」だろう。

アジア開発途上国の水道事情

「事業の採算性も考慮しないといけないが、ボトル水の価格を市場価格の半額程度に抑え、ボトル水の購入費用を世帯収入の3%以内に収めるのが妥当です。それでも収入に占める水代の割合が10%を超えるような低所得世帯には、国や地方自治体が補助する。そうすれば導入可能性は高くなります」

降水量や歴史・文化的背景、地理的、経済的事情など国・地域によって水道を取り巻く事情はさまざま。清水は言う。「それぞれの特性に適した仕組みを提案していくことが重要です」

「安全な水」に対する需要は、アジア地域でもますます高まっている。カギを握るのは、大規模投資にはできないアイデアに富んだ「小さな事業」。清水の腕の見せどころだ。

清水 聡行

清水 聡行
立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)専門研究員
研究テーマ:水循環システム構築のための水利用実態把握とその将来動向予測
専門分野:衛生工学、水道計画

storage研究者データベース

2016年1月12日更新