カテゴリーで探す
キーワードで探す
  • ISSUE 15:
  • 宇宙

宇宙飛行士訓練で育成するチーム行動能力

NASAの宇宙飛行士訓練を応用し一般向けトレーニングプログラムを開発。

湊 宣明テクノロジー・マネジメント研究科 教授

    sdgs09|

宇宙開発において人が宇宙に行くことが当たり前になり、さらには軌道上に作られた宇宙ステーションに長期滞在することも可能になった。大きな使命を負って宇宙に飛び立った宇宙飛行士たちは、そこで困難なミッションを遂行することになる。搭乗員はわずか数名。それも国籍や専門の異なる者たちが集まった混成チームで、定型作業から突発的な事態まですべてに対処しなければならない。地球から支援する運用管制官たちとも連携しながら行う作業は、究極のリモートワークでもある。そんな極限の環境に対応するため宇宙飛行士たちは厳しい選抜試験を潜り抜けた後、何年にもわたってトレーニングを受ける。

「宇宙飛行士の訓練は、一般社会でチーム行動能力やリーダーシップを育成するのにも役立てることができます」と語るのは、航空宇宙マネジメントを専門とする湊宣明だ。湊は宇宙開発事業団(NASDA)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)でキャリアを重ね、国際宇宙ステーション(ISS)計画にも携わった経験を持つ。現在は航空・宇宙分野のシステム設計やマネジメントを地上のビジネスに応用し、イノベーションを生み出す研究を行っている。

最近の研究では、アメリカ航空宇宙局(NASA)で宇宙飛行士や国際宇宙ステーションのフライト運用管理者に向けて行われている訓練プログラムに着想を得て、遠隔でチーム行動能力を育成する訓練プロトタイプを開発した。

「困難なミッションを安全かつ確実に遂行するための宇宙飛行士の訓練において、最も重視されるのがチームとして行動するスキル、それが『Space Flight Resource Management (SFRM)』です」と湊は説明する。これまで湊は研究室の学生と共にSFRMについて調査を行い知識を体系化し、そのノウハウを活用してリーダーシップを高めるための訓練プログラムを開発してきた。さらに広く一般に普及させることを狙い、遠隔でのチーム行動能力の育成に焦点を当てて完成させたのが、チーム行動能力開発プログラムである。

宇宙飛行士訓練を応用したオンライントレーニング画面

湊によると、SFRMでは必要な行動様式として①状況認識、②コミュニケーション、③異文化理解、④チームワーク、⑤意思決定、⑥チームケア、⑦リーダーシップとフォロワーシップ、⑧コンフリクトマネジメント の8つが定められている。宇宙飛行士たちは航空機操縦訓練や、夏山、冬山での野外サバイバル訓練、宇宙空間に最も近い極限環境として海中でのミッション運用訓練など多様な環境での訓練を通じてその8つの行動様式を自分のものにしていく。湊が開発した訓練プログラムは、その中の一つであるNASAの卓上シミュレーション訓練『Moon-Base Table-Top Simulation』を応用して作られている。

このプログラムでは、4人1組のチームになって特殊なボードゲームに取り組む。特徴は、各自が個室に分かれ、互いに仲間を視認できない遠隔環境に置かれるところだ。4人はトランシーバーによる通信だけで会話しながら協力して10×10の升目に沿ってコマを進め、ゴールを目指す。その中でチームとしての行動能力「SFRMスキル」が経験的に身につくという。湊らは学生や一般社会人を対象にこのプログラムを用いて複数回実証実験を行い、チーム行動能力の育成に一定の効果が期待できることを確認した。

比較実験によるトレーニングの効果検証

課題も見つかった。トレーニングを行うには、受講者一人ひとりに独立した個室やトランシーバーを用意する必要があり、物理的な制約から大規模な研修を行うのが難しいことだ。その解決策として最新の研究では、株式会社ドコモgaccoと共同で、VR(仮想現実)空間を活用したオンライントレーニングを開発した。インストラクターと訓練受講者がアバターとしてVR空間に登場し、4名1組がマップとサイコロでゲームに取り組むというもの。その効果を検証するため、湊らは2021年3月28日、公募で集めた10代~50代の訓練受講者を対象にワークショップ形式による実証実験を行った。

「アバターを介してチームメンバーの存在を認識することで、これまで以上にチームとしての一体感を醸成できるようになりました。またVR空間を視認できると自らの意思で自由に動き回り、新しい情報を入手するようになり、より能動的な訓練が可能になることも明らかになりました」と湊は手ごたえを語る。

新型コロナウイルス感染拡大を受け、テレワークや在宅勤務が一気に拡大した。「オンライン会議システムや情報通信機器などテクノロジーが整うだけでは十分ではありません。チームとして協調的に行動し、目的達成に向けてパフォーマンスを最大化させるには、人間のソフトスキルの向上が不可欠です」と湊。今後、宇宙飛行士の訓練がリモートワークやリモート学習の力強い援軍になるかもしれない。

SFRMスキル獲得の新しい形、VR(仮想現実)空間でのオンライントレーニング

湊 宣明MINATO Nobuaki

テクノロジー・マネジメント研究科 教授
研究テーマ

イノベーション創出のためのシステム設計とマネジメント手法

専門分野

航空宇宙マネジメント、システム工学、技術経営学