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  • ISSUE 25:
  • AIと○○

カントリー・バイアスから読み解く消費者心理

AIにはない「本物の体験」が世界に対する解像度を高める

寺﨑 新一郎経営学部 教授

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寺﨑新一郎はポジティブなカントリー・バイアス(外国に対する先入態度)に着目し、効果的な異文化マーケティング方略を研究している。さらに最近、AIの進化が異文化コミュニケーションにどのような影響を及ぼすのかにも関心を広げている。

ポジティブなカントリー・バイアスに着目

2023年、ある飲料メーカーが生成AIで作成したモデルを起用したテレビCMを放映し、大きな話題を呼んだ。テレビでニュースを読み上げるAIアナウンサーも登場しており、「いずれ人間は、AIにとって代わられるのではないか」といった懸念も聞こえている。しかし寺﨑新一郎は、異文化マーケティングの見地から「どれだけAIが進化しても、それに抵抗を感じ、『人間らしさ』を求める傾向はなくならないのではないか」と言う。

寺﨑は多文化社会におけるマーケティング方略について、「カントリー・バイアス(外国に対する先入態度)」の視点から研究している。「大国間の経済対立や貿易摩擦などの影響を受け、国外製品を買うことを意図的に避け、自国製品を支持するといった保護主義的な消費者態度が顕著に見られるようになっています。しかし他方では、日本のアニメやゲームが世界的に人気となり、それがきっかけで日本に大きな関心を寄せる人が増えており、いまやオーバーツーリズムが問題になるほど、数多くの外国人観光客が日本を訪れています」。消費者心理は政治経済的な事情に影響されつつも、それとは別のところで非常に多くの人々が日常的に外国文化に没入している。寺﨑はこうした相反する消費者の態度をカントリー・バイアスの視点から読み解こうとしている。

寺﨑によると、カントリー・バイアスにはポジティブなものとネガティブなものがあり、多くの場合それが一人の人間の中で併存している。とりわけ従来のカントリー・バイアス研究は、特定の国家に対する敵対心を意味する「アニモシティ」のように、ネガティブな概念を中心に扱われてきたが、寺﨑はポジティブなカントリー・バイアスに焦点を当てる。ポジティブなカントリー・バイアスこそが、消費者の好意的な評価や購買に効果的に作用すると考えるからだ。

ネガティブなカントリー・バイアスは政治経済や歴史認識といったマクロ的な要因から形成されるのに対し、ポジティブなカントリー・バイアスは異文化や特定の国家に対する個人的な体験や嗜好性といったミクロな要因から形成される。日本はこれまで、中国や韓国のネガティブなカントリー・バイアスによる製品ボイコット運動に度々悩まされてきたが、それも政治経済上の軋轢によって相手国へのアニモシティが表面化したことが原因だった。「こうした国同士の対立は、一企業や個人の力ではコントロールできないものであり、マーケティングやコミュニケーションを工夫しても、アニモシティを防ぐ効果はあまり期待できません。それよりも、ポジティブなカントリー・バイアスを有効活用すれば、ネガティブなカントリー・バイアスを緩和、あるいは乗り越えるコミュニケーションが可能になるのではないかと考えています」

アフィニティが消費者態度にもたらすポジティブな効果

ポジティブなカントリー・バイアスの概念は多岐にわたるが、代表的なものに特定の国家に対する好感や愛着、感嘆を意味する「アフィニティ」がある。寺﨑は、実際にアフィニティが消費者態度にもたらすポジティブな効果を数多く目にしてきたという。

「在外研究でデンマークに滞在していた際によく訪れていたアジア食料品店には、日本やタイ、マレーシア、中国などの食品や調味料が豊富に取り揃えられていました。最初は各国の企業の営業によりそれらを仕入れていると思っていましたが、店主に聞くと、実はそうではなく、現地のデンマーク人からのリクエストで品揃えが増えていったことがわかりました。アジアを訪れたデンマーク人が旅行を通じてその国の食文化に魅了され、帰国後もその味を求めて買いに来た結果だったのです」。外国人が旅行を通じてその国の製品・サービスに関心を持ち、帰国後もそれを欲することで輸出が促進される好循環をこの事例に見ることができる。外国人の訪日経験が、対日アフィニティを生み出す原動力として機能し、帰国後の消費を促すことに寄与するというわけだ。

また寺﨑は最近の動向の一つとして、日本の寿司職人が海外で高給で雇われるケースが増えていることにも言及する。「一見すると、日本の貴重な労働力が海外に流出するというネガティブな側面が懸念されるかもしれません。しかし一方では、現地にそれまでなかった本格的な寿司を提供することで、外国に日本の食文化を伝えるというポジティブな側面もあります。寿司職人が図らずも和食の『アンバサダー(大使)』となり、海外で和食の価値を高める役割を担っている。結果として和食への関心が高まり、日本を訪れる人が増えるかもしれませんし、また海外で異文化コミュニケーション力を高めた寿司職人が、帰国後に今度は日本で、外国人に食文化を伝える大きな力になるかもしれません」

他にも寺﨑はロンドン留学中、日本の人気漫画に触発されて日本車を熱狂的に愛好している人や、J-POPが大好きで自ら演奏しているという人に出会ったという。こうした消費者行動は、まさにカントリー・バイアス」によるものだといえる。

これらの例からもわかるように、外国に対するアフィニティの醸成において、コンテンツの力は極めて大きい。アニメやゲームなど、日本の文化的コンテンツは世界的に競争力があり、対日アフィニティの向上に大きく貢献している。「異文化マーケティングでは、コンテンツによって醸成された好ましいイメージを製品やサービスに波及させていくことが重要になります」と寺﨑は述べる。

アフィニティの醸成により、再来日が促進される

消費者の購買行動を促す上で、アフィニティの醸成がいかに重要であるかについて、寺﨑は実証研究でも明らかにしている。

日本に何度も訪れている米国人観光客を対象にオンライン調査を実施し、外国人観光客がリピーターになる要因を探った研究もその一つだ。観光客がもう一度日本を訪れたいと思う(再訪意向)要因として、「思い出に残る観光体験」や「観光全体の満足度」、「政治経済文化といったマクロな国家イメージ」および「アフィニティ」の四つを設定し、どの要因が再訪意向を引き起こしたのかを分析した。その結果、「思い出に残る観光体験やマクロな国家イメージが良いだけでは再訪意向には結びつかず、そこに対日アフィニティ、つまり日本に対する好意や共感、愛着の感情が醸成された場合に再訪意向が促進されることがわかりました」

こうした研究からも、アフィニティを高めるマーケティングやコミュニケーションが、製品・サービスに対する好ましい評価を導く重要なカギになることがわかる。ではどうすれば、アフィニティを高めることができるのか。最近の研究で寺﨑は、アフィニティが影響を及ぼしやすい条件を解釈レベル理論の観点から特定している。「ある国に対してアフィニティの高い消費者は、製品を購入する際に『守り』の心理が働き、『守りの製品アピール』により高い評価を下すことがわかりました」。具体的には、歯を白くする効果(攻めの製品アピール)と、口内炎を予防する効果(守りの製品アピール)、それぞれ異なる効果を謳ったマウスウォッシュに対し、どちらをより評価するかを調査したところ、国に対するアフィニティの高い人ほど口内炎予防製品を高く評価し、逆にアフィニティの低い消費者は歯を白くする製品により好意的な評価を下したという。

寺﨑によると解釈レベル理論は、社会心理学の理論の一つで、対象あるいは目標までの「心理的距離」の遠近と人の認知的な情報処理の変化を説明するものだ。人は対象や目標に対して心理的に遠く感じた場合、解釈レベルが高次に導かれ対象や目標を抽象的に捉える。一方、対象や目標を心理的に近く感じた場合は、それを具体的に捉えるようになる。「つまり心理的距離が近い愛着のある対象に対しては、例えば『大切な友達にプレゼントするなら』などと具体的にイメージし、『相手に喜んでほしい。失敗したくない』という心理が働いて、守りの商品を選ぶ傾向が高まるというわけです」。このようにポジティブなカントリー・バイアスの度合いに応じたコミュニケーションを明らかにできれば、より効果的に製品やサービスをアピールすることが可能になるという。

AIでは得られない「本物の体験」が重要

アフィニティの醸成において、寺﨑は何より本物の「体験」の重要性を強調する。留学や旅行でしか味わえない体験こそが、重要であるというのだ。一方で、AIをはじめとしたテクノロジーの発達によって、いまや現地に行かなくても、さまざまな情報を収集できる時代になった。異文化コミュニケーションやアフィニティの醸成も、AIによって変化していくのか。寺﨑は、「AIに対する抵抗感・空虚感は、今後も依然として残るのではないか」として、現在AIと異文化マーケティングとの関わりについても研究し始めている。

「もちろんAIやインターネットで世界中の情報を収集できますが、それらは視覚・聴覚情報に限られます。一方現地を訪れると、触覚や嗅覚、味覚を含めた『五感』で体験することができる。それによって対象をより高解像度で理解できるようになります」と言う。先述のデンマークの食料品店の例にもあるように、旅先で食文化に魅了された経験があったからこそ、その後の購買行動に結びついたのだ。「近年、同時翻訳ソフトの普及によって、英語を話せなくても外国人とのコミュニケーションを行うことが可能になりました。これによって英語を学ぶモチベーションが低くなる人が増えているかもしれません。しかしどれほどソフトの精度が高くなっても、それに頼っていては外国人と親密な人間関係を築いたり、より深いコミュニケーションをすることはでないでしょう」と語る。

一方で寺﨑は、ツールとしてのAIの活用には可能性を見出している。「例えば翻訳機能の力を借りて、それまで見たことのなかったBBCニュースを見る習慣ができれば、世界の解像度を高めることができるようになるかもしれません。AIを活用して多様な情報へのアクセスを高めることが、結果として異文化マーケティングにも好影響を及ぼす可能性はあると考えています」

その上でなお、寺﨑は「体験」の大切さを強く訴える。「検索ワード」を増やす効果もその一つだという。寺﨑が感銘を受けた東浩紀氏の著書『弱いつながり:検索ワードを探す旅』の中で、旅を通して自らの「検索ワード」の幅が広がり、より豊かな教養が身につくと主張している。「検索エンジンや生成AIに検索ワードや質問を入力すれば、何らかの回答を得られるでしょう。しかし入力する語句や質問に深さや幅が足りなければ、つまらない情報しか得られずに終わってしまいます」。つまり先進のAIを有効活用するためにも、本物の体験を充実させ世界に対する解像度を高めていく必要があるということだ。

寺﨑自身も研究する上で学術的な理論や概念に加えて、実社会に対する観察眼を大切にしてきた。「ロンドン在住時の経験やデンマーク滞在中に目にしたことで、カントリー・バイアスを学術上の概念ではなく、今そこにある社会を読み解くリアルな視点として考え、高い解像度で問題に迫ることができています」と言う。今後も、多文化に対するリアリティのある問題意識と理論的視点を持ち、課題解決に向けた実践に取り組んでいく。

寺﨑 新一郎TERASAKI Shinichiro

経営学部 教授
研究テーマ

1. カントリー・バイアスの調整要因に関する研究
2. ポリティカル・コンシューマリズム
3. カントリー・バイアスとサービス・マーケティングに関する研究
4. インバウンド・ビジネスとマーケティング・コミュニケーション

専門分野

商学、経営学、インバウンド・ビジネス