デジタルアーカイブの第一人者として世界にフィールドを広げている赤間 亮は、立命館大学アート・リサーチセンター(ARC)において有形・無形の文化財の記録・保存・発信に尽力してきた。片山家能楽、京舞井上流のデジタルアーカイブの他、近年は、日本の民族芸能や民俗行事の映像資料の保存・発信にも力を入れている。
記憶や技術、文化を次代に伝える京舞井上流のデジタルアーカイブ
歌舞伎や能楽、浄瑠璃から、地域に根づく民俗芸能や行事、さらには伝統工芸の技術・技能まで、日本には数多くの無形文化が伝わる。「これら日本の伝統文化・伝統芸能は、世界的に見ても極めて魅力的なものです。それを国内に留めておくだけでなく、国際比較研究を通じて世界と共有していく必要があると考えています」
そう語る赤間亮は、立命館大学アート・リサーチセンター(ARC)において有形・無形の文化資源を記録・保存し、発信することに力を尽くしてきた。その一環として伝統芸能や古典演劇といった、時間が過ぎれば消失してしまう芸術表現・技術をデジタルアーカイブし、世界に、そして次世代に伝えていくことに力を注いでいる。
ARC設立当初から現在まで25年にわたって継続しているのが、片山家能楽・京舞保存財団との連携による京舞井上流、および能楽観世流のデジタルアーカイブである。まず、ARCで赤間らが最初に手がけたのが「京舞井上流映像復原プロジェクト」だった。
京舞井上流は、京都で発展した日本舞踊の流派の一つ。先代の家元四世井上八千代や、現在の家元五世八千代は、ともに重要無形文化財(人間国宝)に指定されている。京都祇園で毎年4月に開催される「都をどり」の舞も京舞井上流だ。片山家能楽京舞保存財団から昭和初期の三世八千代や「都をどり」を記録したフィルムを寄託され、赤間は映像の復元・保存を目的としたプロジェクトを組織し、その成果として「三世井上八千代の舞」の鑑賞会を実施した。「会場の芸妓さんたちが、映像を観ながら、まるで本物の八千代から手ほどきを受けているかのように、座席に座ったまま舞い、会場の客席全体が映像とともに動いていたのを鮮やかに思い出します。デジタルアーカイブは単に身体表現を記録するだけでなく、人間の記憶や技術、文化を蘇らせ、次世代に伝えていく力を持っていることを実感しました」と赤間はその意義を語る。
片山家能楽師によるすべての舞・能舞台を撮影・記録
京舞井上流と同じく片山家の能楽師による舞や能舞台のデジタルアーカイブも続けている。片山家は、「シテ」といわれる主役を演じる観世流の名家である。
ARCには、伝統芸能やダンスの実演が可能な全面檜の板張りの多目的スペースと収録スタジオを装備。能楽師の仕舞を、モーションキャプチャや複数台のカメラを用いたマルチアングル撮影で技や動きを克明に記録できる。「しかしスタジオでは、実際の公演のような観客と演者がつくり出す『芸能の場(空間)』を再現することはできません。そこでスタジオ収録だけでなく、片山家が主催するすべての公演・演目を映像記録しています」。撮影しながらアーカイブに適した手法や技術を開発・蓄積する。収集・収録したデジタルデータはARCポータルデータベースシステム上に蓄積され、いつでも引き出せるようになる。
加えて芸術・芸能を持続可能なものにするには、それを愛する「観客」の存在が不可欠である。そのため赤間は、能や歌舞伎、京舞といった伝統芸能を正しく理解する観客を育てていく手法の開発も重視している。その試みの一つとして片山家の当主10世片山九郎右衛門師とともに、初等教育段階の子ども向けに能の演目のストーリーがわかる絵本を、一流の日本画家とのコラボレーションで制作した。この絵本にマルチアングルで撮影した実演映像やCGなどを組み合わせ、上演前にストーリーや見どころを観客に理解してもらう仕かけ「能の絵本語り」という新しいプログラムも創出した。小学校などでの鑑賞公演の際に活用されている。
日本各地に残る民俗芸能・行事のデータベースづくりに注力
次のプロジェクトとして日本各地に残る民族芸能や民族行事の映像資料や文献を収集し、保存・発信するためのデータベースの充実を企画している。
神楽や田楽、祭など、日本には地域ごとに特色ある芸能・行事が数多く存在する。「民俗行事は、実施される時期が各地で同じことが多く、中には数年に一度しか行われないものもあります。一生掛けても、一人で全てを観ることはできません。しかし、その行事を記録した映像・写真が膨大に残っているのです。しかも、メディアは変わっていくので、再生できなくなる危険性も高い。これらを統合的に保存し、閲覧出来る環境を構築することが必要です。津波や地震、感染症などで、行事が途絶えて復活できないものも出て来ています。継続・復原のための材料としても重要になります。各地の行事を比較することで、その土地の行事の独自性が見えてきますし、海外の芸能や行事とも比較できるようになります」。全国各地に眠っている映像・写真資料をデジタル化し、ARCポータルデータベースシステム上で連携を図ろうとしている。
その一つとして2022年11月、ARCは国際教養大学の応用国際教養教育推進機構と連携協定を締結した。同大学は秋田県の民俗芸能について実態調査を行い、300以上の民俗芸能の映像を収録、Web上に公開している。今回の締結により、この「秋田民俗芸能アーカイブス」とARCポータルデータベースシステムとの連携ができた。これにより、『秋田民俗芸能アーカイブス』への導線を太くするとともに、民俗芸能・行事映像の世界的な研究への活用へと繋げる。そうすることで、「秋田だけでなく、日本各地の民俗芸能・行事の継承にも寄与したい」と抱負を語る。
データベースを介して日本の文化・伝統芸能を世界の中に位置付けることで、その価値を再認識し、誇りを持って担い手となる人が育っていく。その大プロジェクトに現在、赤間は情熱を傾けている。