滋賀県草津市、JR南草津駅を中心とするエリアは、立命館大学びわこ・くさつキャンパスの開学を契機に駅が建設され、発展してきた。それから30年近くが経過し、徐々にエリアの機能やデザインが現代のニーズに合わなくなってきている。そんな中で自治体では、鉄道駅周辺に都市機能を集積させ、持続可能な都市へとリニューアルする計画を進めようとしている。行政と連携しながら、研究者の立場でこのキャンパスタウンのリニューアルに貢献しようと研究・活動に取り組んでいるのが、阿部俊彦だ。
阿部は建築設計や都市デザインのみならず、コミュニティデザインやまちづくりといったソフトも含めた実践研究を行っている。とりわけ地域主体のまちづくりで重視するのは、そこに住む人々が参画することだ。「市民、行政、専門家といった多様な当事者が一緒になって都市空間のデザインをつくっていくことが大切だと考えています」と言う。だが多様な人が関わるほど、合意形成は難しくなる。なかなか前に進まないまちづくりにおいて、どのようなやり方なら住民の声を適切に汲み取り、またぶつかり合う意見をまとめ、実現性の高いデザインにつなげられるのか。住民参加型のワークショップの開発など、まちづくりの合意形成を図る方法を探っている。
JR南草津駅周辺のリニューアルを推進する上でも、住民や利用者の意見を聴く機会を積極的につくっている。2021年9月から12月にかけて、草津市の産学官連携によるまちづくり推進拠点「アーバンデザインセンターびわこ・くさつ(UDCBK)」で実施された住民参加型のワークショップ(WS)もその一つだ。このWSは、理工学部助手の寶珍宏元先生が受託した社会実験準備事業の中で実施されたもので、阿部は副センター長としてアドバイスを行った。草津市の職員や駅を利用する会社員や学生、地域に住む人など多様な参加者を募り、意見収集を行った。
計4回にわたったWSでは、「模型WS」や「旗さしWS」と名付けた手法を用いて参加者の意見を収集すると同時に、こうした手法の効果検証も試みた。「模型を見ながら議論する『模型WS』は、立体配置を確認しながら具体的なデザインのイメージを膨らませるのに効果的です。模型を使うことでアイデアを自由に表現し、参加者と共有できます」。また「旗さしWS」では、機能別に色分けした旗や、商業施設や公園、住宅などの写真を貼った旗を模型や地図に立てていく。「『ここにこんな施設がほしい』といった希望が一目瞭然になるのがメリットです。旗には、なぜそれが必要なのか、誰が作り運営するのかといったことも具体的に書いてもらいます。それによって、ただ好き勝手にほしいものを主張するのではなく、その場所に本当に必要とされるものを浮かび上がらせることができます」。多様な立場の人々が参加し、具体的なイメージを共有しながら意見を出し合うことで、行政だけでは思いつかないニーズやアイデアを浮き彫りにできるだけでなく、実現可能性も判断できるという。
「アンケート調査や住民説明会で意見や要望を収集するという方法もあります。しかしWS形式にすることで、地域住民に『自分たちが考えた』という当事者意識や、完成した建物やまちに対する愛着を醸成できる。それが長く愛されるまちづくりにつながります」と阿部はWSの効果を説明する。
WS後、参加者の意見を集計・分析した結果、地域住民や学生たちが休憩したり交流したり、多様なアクティビティを許容できる「居場所」の必要性が明らかになった。ここで共有されたアイデアが、今後新しい都市デザインに生かされていくことになる。
歴史・文化・景観の保全、地域活性化や空き家問題の解消、あるいは防災・事前復興など、地域が抱える課題はさまざまだ。2011年の東日本大震災後、阿部は復興に取り組む宮城県気仙沼市で、内湾エリアのまちづくりに携わった。これを機に注力するようになったのが、事前復興の取り組みだ。事前復興とは、災害で甚大な被害を受けた場合に速やかに復興できるようあらかじめ対策しておくことを指す。「例えば津波が心配だからといって、数十メートルもの高さの堤防を作るのは現実的ではありません。平常時の利便性と、もし災害が起きた時の適応力。その両方を考える必要があります」と阿部は言う。
その両立に挑んだのが、高知県宿毛市片島地区の事業だった。同地区では「南海トラフ大地震に備えた事前復興まちづくり」に取り組んでいる。「行政が住民説明会を何度も開きながら堤防建設計画を進めてきましたが、納得されない住民の方々も少なくありませんでした」。阿部は学生とともに現地に入り、地元住民と協議会を立ち上げて住民主体の議論の場をつくることに尽力。最終的に住民の意見を汲み、防災だけでなく海辺の生活や漁業とも両立できる水辺の景観を提案した。
「地域に住む人が、まちをつくる」。その信念のもと、これからも地域の声を形にする挑戦を続けていく。