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  • ISSUE 17:
  • 家・家族

Society5.0時代に向けて:家庭の食品廃棄物からはじまる持続可能なガス燃料生成

3Dプリンタでアイディアを具現化し、バイオ燃料の生成効率向上にイノベーションをもたらす

ジアン・パウエル・マルケスグローバル教養学部 准教授

    sdgs13|

毎日の生活の中で、家庭から排出される食品廃棄物。人口増加に伴って食品廃棄物は世界的に増え続け、2011年には年間13億トン、特に都市圏での排出量は一般廃棄物の8割にもなった。焼却処理などの過程で排出される温室効果ガスは、地球全体の排出量の最大10%にのぼる。

ジアン・パウエル・マルケスは、有機物をメタンガスや二酸化炭素に分解する「メタン生成菌」など複数の微生物をもちいて、食品廃棄物を調理や暖房の熱源となるバイオ燃料「バイオガス」として再利用させようとしている。天然ガスの供給不足が心配される現在、代替となるガス燃料の探索もまた人類にとって急務である。

食品廃棄物の再利用という発想は新しいものではない。ミミズなどの生物の力で堆肥を作り、農業や園芸に利用する「コンポスト」もあれば、微生物の力でガスを生成する装置も既に存在する。しかしコンポストで作られるのは肥料であってエネルギーではないし、旧来のガス生成装置はかなり大きく、ガスの生成過程で悪臭も発生するため、人口が多く廃棄物も多い都市部の生活には馴染みにくい。そこでマルケスが目指すのが「都市部の生活環境に合わせた、シームレスでコンパクト、高効率なバイオガス生成機 (Seamless Compact Biogas Digestion System for Urban Use、Se-CoBiDS)」だ。

Se-CoBiDSは小型冷蔵庫程度の大きさの箱状の装置で、廃棄物の下処理とメタン生成を行う2つのタンクを内蔵する。下処理用のタンクにはメタン生成菌とは別の微生物が入っており、廃棄物に残る炭水化物やタンパク質などの有機物を、糖やアミノ酸などのより基本的な成分に分解する。次のタンクは無酸素環境になっており、嫌気性生物であるメタン生成菌が「嫌気性消化」というプロセスによってこれらの成分を、メタンガスを主とする気体成分に分解する。

「私がいま開発しているもののひとつが、この2番目のタンクです」とマルケスは語る。「メタンの収量が最多になるよう、構造の異なる複数の部品を3Dプリンタで作成して嫌気性消化の効率を比較しています」。一例を挙げれば、メタン生成菌は岩石や樹脂などの表面にバイオフィルムと呼ばれる薄い膜をつくって広がるため、タンクの中にはバイオフィルムをつくらせる土台となる部品が必要だ。

「3Dプリンタの登場以前、生成装置の構造によるバイオガスの生成効率の違いについては、積極的には研究されてきませんでした」とマルケスは言う。部品の作成は学外の業者に依頼するしかなく、経費も時間もかかったためだ。「3Dプリンタによる部品の作成は安価かつ簡便で、様々なパターンを比較しやすいのがいいところです。Se-CoBiDSではタンクも含めた大部分の部品を3Dプリンタで作る予定です」

都市部での生活環境に合わせたバイオガス生成装置Se-CoBiDSの試作用デザイン図(ガス生成タンク、部分拡大:左)、左図に基づき3Dプリンタで成形されたバイオフィルム定着用ベッド(マルケス作:右)

マルケスが嫌気性消化によるバイオガスの生成に興味を抱いたのは、母国フィリピンの海岸に流れつく海藻がきっかけだったという。「2008年の北京五輪の際、一部競技の会場を含む海岸に海藻が漂着して問題になりました。この時ほどの量ではありませんが、フィリピンでも似たような漂着がありました。そうした状況を見て、穀物などの陸上のバイオマスを消費することなく、ふんだんにあるこの海藻をバイオエネルギー源として使えないかと考えたのです」

メタン生成菌は塩分で死んでしまうため、海藻の分解のためには海にすむ微生物を利用する必要がある。名古屋大学大学院に留学したマルケスは、海藻と海生微生物を利用したバイオガス生成の研究に取り組んだ。「この時に師事した先生が、食品廃棄物を利用したコンパクトで高効率なバイオガス生成システムを既に開発されており、特許もお持ちでした。ただ『コンパクト』とは言っても、それ以前のものと比べて小さいというだけで、家庭の台所におけるようなものではありませんでした」

マルケスの理想は「バイオ燃料を作る装置がそこにある」ことさえ意識されないような、一般家庭に自然に溶け込むシステムだ。「生成されたメタンガスは、屋外に貯蔵タンクを設けて貯めておきます。安全性を考慮すると高圧ボンベよりも、タンク内に多孔質の活性炭などを入れ、ガスを吸着させる方法がよさそうです。装置のメンテナンスも簡単にしたいですね。掃除機の紙パックを交換するような感覚で、ワンタッチで部品を交換できるようにしたいと考えています」

Se-CoBiDSの可能性は食品廃棄物処理のみにとどまらない。ベッドに定着する微生物を変えれば、別の廃棄物を分解できるようになるためだ。「将来的には排水や下水の処理にも応用できるようになるでしょう」

食品廃棄物の処理という古典的な問題に、3Dプリンタという新たな技術が加わって起こりつつあるイノベーション。びわこ・くさつキャンパスでバイオガス生成装置の作成作業を進めるマルケスは、一見使い古された技術であっても、組み合わせや発想によってイノベーションの種になり得ると強調した。「立命館大学には、その種を育てるサポート体制と、共同研究者を見つけやすい環境があります。学生諸君にも是非、イノベーションに繋がる発想力を鍛えて、自分のアイディアを形にしてほしいですね」

ジアン・パウエル・マルケスGian Powell Marquez

グローバル教養学部 准教授
研究テーマ

バイオエネルギー、サステイナビリティ、海洋バイオマス、グリーンエコノミー

専門分野

バイオ化学、環境化学、エネルギー化学、分子生物学、応用微生物学