2020年3月13日から22日までアメリカ・テキサス州オースティンで、今年も世界最大級のテクノロジー・音楽・アートの祭典「SXSW(South by Southwest:サウス・バイ・サウスウェスト)」が開催される。およそ100ヵ国から延べ数十万人もの人が集まるこのビッグイベントで催されるパネルディスカッションに、立命館大学の鎌谷かおると野中朋美が登場する。
二人が参加するのは“Panelpicker”という提案型のセッション。世界からテーマを募り、オンライン投票などで選ばれたテーマ・スピーカーが議論する。数千にのぼる応募から選ばれた提案の中でも注目を集めているのが、鎌谷と野中の “Gastronomic Sciences Meet Edo Sustainability:食科学が江戸サステイナビリティに出会ったら”だ。
「江戸時代の都市は、ゴミの削減や、あらゆるモノの再利用、リサイクルが根づき、環境だけでなく社会的、経済的にも持続可能な循環型社会が実現していました。翻って現代は、国連によると2050年には世界の総人口は97臆人を超え、現在の食供給量では増大する人口を賄うことができなくなると予想されています。これからの『食の持続可能性』を考えるにあたって、江戸時代の、特に都市社会のあり方から学ぶことが多いのでは。アジアのいち研究者として、欧米のfood techやfood innovation 分野の研究者らとともに未来を議論したいと考え、提案しました」と野中は狙いを語る。
日本で生まれ、世界に知られるようになったサステイナブルな考え方には「MOTTAINAI」があるが、鎌谷らは今回のセッションで「『もったいない』ではなく『ちょうどいい』を世界に発信したい」と言う。「食べ物を節約したり、衣服や身の回りの物をリサイクルする江戸時代の暮らしは、現代の私たちから見れば不便を我慢した慎ましやかなものに思えるかもしれません。しかし当時の人々は無理に節約していたのではなく、例えば電気がないから油を明かりにしたように、今あるものを使って『ちょうどいい』暮らしをしていただけではないでしょうか。『足る』を知り身の丈に合った暮らしをする。現代の私たちが学ぶべきは、江戸のそうしたあり様ではないかと思います」と鎌谷は説く。
「食」を起点に歴史をひも解き、未来社会システムデザインに生かしたい。そうした思いから鎌谷と野中は2019年1月、共同で「EdoMirai Food System Design Lab(江戸未来フードシステムデザインラボ)」を立ち上げた。歴史学を専門にする鎌谷とシステム工学の研究者である野中が、地域に根付いてきた食の歴史や食文化を発掘し、各々の見地から「価値あるデータ」に変換・活用して、未来社会のシステムデザインにつなげようというのだ。そこで最初に取り組んだ研究プロジェクトのひとつが、江戸時代の料理書を読み解き、現代に再現するという試みだった。
二人が着目したのが、1782年に出版された『豆腐百珍(とうふひゃくちん)』という豆腐料理のレシピ本だ。鎌谷によると江戸中期、都市を中心に多くの料理書が出版され、中でも一つの食材で100種類の料理を紹介する『百珍』シリーズは評判になったという。二人はその中の「ふはふは豆腐」と「鶏卵様(たまごどうふ)」を再現しようと考えた。ところが古文書を現代語に翻刻してみると、材料の分量や調理法の記述があいまいで、簡単には再現できないことがわかったという。「『ふはふは豆腐』のレシピには、卵と豆腐が『同量』必要と書かれていますが、何グラムなのかわからないし、また『さっくり混ぜて』『よく擦り合わせる』『煮る』といった記述も、具体的なところが判然としません」。 そこで野中はシステム工学の視点でこのレシピを「設計問題」として捉え、「ふわふわの状態」を目的関数として設定し、混ぜ方や火加減、加熱時間、調理器具などを設計変数としてさまざまに条件設定の組み合わせを変え、実際に調理してみた。結果は、ホットケーキのように膨らんだり、クレープやスクランブルエッグのようになったりと、条件によって出来栄えも、また含まれる栄養成分も違うものになったという。
野中らが注目したのは、不完全な情報ゆえに多様な料理が生まれ得るところだ。「あいまいなレシピだからこそ調理者の創意工夫が喚起されます。例えば地域ならではの『郷土料理』や家庭によって異なる『おふくろの味』が育まれた背景にも、こうしたあいまいさが活かされた土壌があるのではないかと考えました」と野中は分析する。鎌谷は歴史学の観点から「江戸時代の食文化の地域的、歴史的な多様さに学ぶところは多い」と指摘した。野中はさらに視座を広げ、レシピにおけるあいまいな情報が現代の自動調理やロボット調理の工程設計に役立てられる可能性にも言及する。
「サステイナビリティを考えるには、多角的な視点と過去から未来までを多様な時間・空間軸で見通す視野が欠かせません」と強調した二人。歴史学とシステム工学という全く異なるアプローチから生まれる多様な知見がどのような未来を描き出すのか。楽しみに待ちたい。
当記事のインタビューは2019年12月に行ったものです。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、「SXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)2020」への本学からの参加などは見合わせることといたしました。