子どもが事件や事故を目撃したり、被害にあったとしても、その子どもから正確な情報を得るのは容易なことではない。子どもは記憶力も記憶を正確に伝える言葉の力も十分に発達していないからだ。それを考慮せずに大人はつい「叩かれたの?」「見たのは白い車?」などと誘導・暗示的な質問を繰り返し、その結果、子どもの記憶を汚染し、証言の信ぴょう性を下げてしまう。
こうした課題を見据え、仲真紀子は発達心理学の専門家の立場で、子どもからできるだけ正確な情報をできるだけ多く、しかも子どもに精神的な負担をかけないように引き出す「司法面接」の手法を研究している。
「体験したことを報告するには、純粋な記憶力だけでなく、コミュニケーション力がものをいいます」と仲は解説を始めた。最初は自動車の記憶を連想的に「ブーブー」と言うだけだった幼児が、認知的に成長し、周囲の大人と話す経験も蓄積していくと「このあいだね、お父さんの車に乗ってね」などと具体的に話せるようになる。「単に覚えているかということだけでなく、それをいかにたくさん話してもらうかということが、とても重要です」。そう語る仲は、発達心理学、認知心理学の基礎研究の知見をもとに、司法面接の手法やトレーニングプログラムを開発している。
仲によると、欧米で「司法面接」が開発されたのは1980~90年代。警察や福祉機関で用いられるようになり、さまざまな面接法が開発されてきた。中でも仲が注目したのが、アメリカで開発され、欧米やイスラエル、韓国などで広く用いられている「NICHD(National Institute of Child Health and Human Development)」プロトコルである。仲はこれを日本に合う表現を工夫しながら翻訳するとともに、重要事項を整理し、日本における「司法面接法」の普及を目指した。
「この面接法には大きく4つの特徴があります。まず子どもが誘導や暗示にかかりやすいことや精神的な負担を受けやすいことを考慮し、①応答に制約のないオープンな質問で、かつ自分の言葉で話す『自由報告』を重視すること。次に②自由報告の効果を最大限得られるように面接を構造化する(段階を設ける)こと、③正しい記録を残すために録画や録音を行うこと、最後に④面接の繰り返しによる記憶の変遷や精神的な二次被害を防ぐために多職種が連携して面接回数を最小限にすることです」と説明する仲。
実際の司法面接は、「本題に入る前」、「本題(自由報告)」、「質問」、最後に「クロージング」と構造化した形式に沿って進められる。まず面接者が手順や注意事項などの「面接での約束事(グラウンドルール)」を示した後、リラックスして話しやすい関係「ラポール」を形成するための会話からスタート。身近な体験を思い出して話す練習を行って子どもの準備を整え、ようやく本題に入る。「面接は一問一答にならないことが鉄則です。『何があったか最初から最後まで全部話してください』と投げかけ、子どものペースに合わせて『それで?』『それからどうなったの?』とオープンな質問を重ねて情報を収集していきます」。
さらに司法面接の導入が進むにつれ、重視されるようになってきたのが多機関の連携だ。日本では被害を訴えた子どもは児童相談所で面接を受け、事件性があれば警察で、さらに検察でと幾度も繰り返し聴取されることが多かった。「多い時には面接が10回を超えることも。その間に記憶の減衰や変容が起こる危険性が高まる上に面接のたびに記憶がよみがえり、精神的な二次被害が高じる恐れもあります。多機関が連携し、聴取回数を抑えるのはそれを防ぐためです」と仲は語る。
しかし日本にはこれまで警察や検察、福祉機関や医療機関などが連携するシステムがなかった。また、各機関によって質問手法や引き出したい情報が異なることから、当初多職種の連携は難しいとされた。こういった中で2015年10月、児童相談所、警察、検察の連携による事実調査を推奨する通知が各機関から出された。それ以降、司法面接への関心はさらに高まり、状況は少しずつ前進しつつあるという。
仲らは司法面接の知識やスキルを広め、多職種連携を推進するため、司法面接に携わる人向けの研修プログラムを開発し、児童相談所、警察、検察、医療機関や福祉施設の専門家らを対象にトレーニングも行っている。「研修を通して自分以外の機関や専門家の立場、考え方を理解し、司法面接の現場でスムーズに連携できるようになれば」と願う。
司法面接の手法は福祉や司法だけでなく、医療機関や学校などでも用いられるようになってきた。被害者に配慮したこうした手法は、子どもだけでなく大人にとっても有用となるはずだ。面接法や研修プログラムのさらなる発展や普及が待たれる。