ネットゼロ排出目標は途上国にどれほどの経済的影響を与えるのか? — 京都大学などの研究チームが国際的な負担分担のあり方を定量的に分析—
概要
パリ協定では、世界の平均気温上昇を産業⾰命以前と⽐べて2℃を⼗分に下回り、1.5℃に抑える努⼒を追求するという⻑期⽬標が掲げられています。これを受け、先進国のみならず、途上国を含めた多くの国が今世紀半ばまでに「ネットゼロ排出(カーボンニュートラル)」を達成する⽬標を表明しています。しかし、こうしたネットゼロ排出⽬標が途上国にもたらす経済的影響、またその負担の軽減策はこれまで⼗分に明らかにされていませんでした。この度、京都⼤学⼤学院⼯学研究科の藤森真⼀郎教授が率いる京都⼤学、⽴命館⼤学、国⽴環境研究所、名古屋⼤学の研究チームは、世界各国のネットゼロ排出⽬標を対象に分析を⾏い、ネットゼロ排出⽬標が途上国に与える経済的負担の⼤きさ、その負担を軽減するための国際的な選択肢を検討しました。
3つの代表的な⻑期将来シナリオを⽤いた分析の結果、以下の3点が明らかになりました。
(A)ネットゼロ⽬標:途上国に巨額のマクロ経済的損失をもたらす可能性があること
(B)途上国の排出削減の減免:途上国の排出削減を⼀部免除し、先進国が代わりに排出削減を担う場合、世界全体で年間約30ギガトン(Gt)のCO2を⼤気中から回収して貯留する「⼆酸化炭素除去(CO2除去)」が必要となり、その費⽤は先進国の家計消費の10%を超える規模に達する
(C)資⾦援助:途上国⾃⾝の排出削減はネットゼロ⽬標で維持しつつ、その経済的負担を国際的な資⾦援助で補う場合には、年間約2.7兆⽶ドル(先進地域の家計消費の約5%に相当)の⽀援が必要であるものの、必要となる⼆酸化炭素除去が年間約8Gtに留まること
これらの結果から、途上国も着実に排出削減を進めつつ、国際的な資⾦援助によってその負担を軽減することが、地球規模でネットゼロ排出を達成するための現実的な道筋であることが明らかになりました。
本研究は2⽉12⽇に、Springer Natureの国際研究雑誌「Communications Earth & Environment」で発表されました。
(作成:藤森真⼀郎、ChatGPT5.2)
1.背景
パリ協定は気候変動への国際的な対策として、地球全体の平均気温の上昇を産業⾰命以前と⽐べて2℃を⼗分に下回り、可能な限り1.5℃未満に抑えることを⽬標としています〈⽤語解説〉。これを受け、⽇本を含む多くの国が、2030年以降の今世紀半ばの排出削減⽬標としてネットゼロ排出⽬標、あるいはカーボンニュートラル⽬標を掲げています。そのため、先進国のみならず、途上国を含めた各国は温室効果ガス排出を実質ゼロにする取り組みを本格的に進めつつあります。⼀⽅で、こうしたネットゼロ⽬標が途上国にもたらす経済的負担、またその負担の軽減策については、これまで⼗分に定量的な評価が⾏われていませんでした。とりわけ、途上国の負担をどのように扱うべきか、は⻑年にわたり国際的な気候変動政策の重要な論点となってきました。そこで本研究では、数値シミュレーションを⽤いて、世界全体のネットゼロ排出⽬標がもたらす経済的影響を評価し、途上国の負担を軽減するための選択肢を検討しました。
2.研究⼿法
本研究では、エネルギー、⼟地利⽤、経済、そして家計の消費⾏動を同時に考慮できる統合評価モデル(Integrated Assessment Model;IAM)であるAIM(Asia-Pacific Integrated Model)を⽤いました。このモデルは、将来の⼈⼝や経済成⻑、エネルギー技術の進展、再⽣可能エネルギーのコスト、⾷料の嗜好(しこう)、⼟地利⽤政策など、さまざまな社会経済条件を⼊⼒することで、エネルギー消費量、⼆酸化炭素排出量、⼟地利⽤の変化、さらには排出削減が経済に与える影響を⼀体的に分析できるシミュレーションモデルです。本研究ではこれを世界全体に適⽤しました。また、地球温暖化を約2℃に抑えることを前提とした、次の3つのケースを⻑期将来シナリオとして分析しました。
(A ネットゼロ⽬標)
各国がそれぞれ⾃国内で排出削減を進め、ネットゼロ排出を達成するケース(図1の緑線に相当)
(B 途上国の排出削減の減免)
途上国の排出削減を⼀部免除し、その分を先進国による⼤規模なCO2除去〈⽤語解説〉で補うケース(図1の⻘線に相当)
(C 資⾦援助)
各国がネットゼロ⽬標を達成しつつ、先進国から途上国へ資⾦援助を⾏うケース(図1の⾚(緑)線に相当)
図1 各シナリオのCO2 排出量の推移(AとCはほぼ同じ経路で重複している)
モデルシミュレーションから⾒えてきたのは表1にまとめた数値的情報で、その概要は以下の3点です。
(1)ネットゼロ⽬標は途上国に相対的に⼤きな経済的負担をもたらす
各国がネットゼロ⽬標を⾃国で達成する場合(ケースA)、2050年時点で、途上国では家計消費〈⽤語解説〉が約10%減少する結果となりました。⼀⽅、先進国での家計消費の減少は約3%にとどまります。これは、各国がネットゼロ⽬標を⾃国で達成する場合、途上国で⽇常⽣活に使えるお⾦が、先進国よりも⼤きく減少することを意味します。
(2)排出削減を先進国が肩代わりすると、極めて⼤規模なCO2除去が必要になります
途上国の排出削減を免除し、その分を先進国がCO2除去で補う場合(ケースB)、途上国の家計消費の損失は最⼤でも約3%に抑えられます。⼀⽅、必要なCO2除去量は年間約30ギガトン(GtCO2)に達します。これは、現在の世界全体の⼆酸化炭素排出量の約4分の3に相当する⾮常に⼤きな規模で、それに伴い先進国では家計消費の損失が最⼤で12%に達します(期間平均では約8%)。
(3)途上国がネットゼロ⽬標を維持しながら、先進国から資⾦援助を受ける場合(ケースC)、先進国・途上国双⽅の経済的損失は(2)とほぼ同程度となります。⼀⽅、必要となるCO2除去量は最⼤でも年間約8GtCO2に抑えられ、⼤規模なCO2除去への依存を⼤きく低減できることが⽰されました。
表1 各ケースの主要な結果
| 先進国の最⼤経済損失 | 途上国の最⼤経済損失 | 世界全体の最⼤CO2除去量 | |
|---|---|---|---|
| (A ネットゼロ⽬標) | 3% | 9% | 8GtCO2/年 |
| (B 途上国の排出量減免) | 12% | 3% | 30GtCO2/年 |
| (C 資⾦援助) | 7% | 3% | 8GtCO2/年 |
3.波及効果、今後の予定
本研究は、途上国も排出削減を着実に進めつつ、その経済的負担を国際的な資⾦援助によって軽減することが、持続可能な形で地球規模のネットゼロ排出⽬標を達成するための現実的な道筋であることを⽰しています。今回の研究ではネットゼロ⽬標をベースに研究を⾏い、ネットゼロ達成後は2℃⽬標程度で気候安定化を留めるという想定をしましたが、今後は1.5℃⽬標に相当する気候安定化でどのような状況となるのか、といったことを検討することが期待されます。1.5℃⽬標となるとネットゼロではとどまらず、CO2除去を⼤規模に⾏わないといけません。どの国でどの程度分担するのかという議論が必要になり、未解決の問題に対応していくことが求められると思われます。
4.研究プロジェクトについて
本研究は独⽴⾏政法⼈環境再⽣保全機構環境研究総合推進費課題1-2401(世界全域を対象とした技術・経済・社会的な実現可能性を考慮した脱炭素社会への道筋に関する研究)、科研費23K26231(世界モデルを⽤いた脱炭素と貧困・飢餓・エネルギー貧困撲滅の同時達成の可能性の検討)、公益財団法⼈住友電⼯グループ社会貢献基⾦の⽀援を受けて実施されました。
⽤語解説
- ネットゼロ排出⽬標(Net Zero Emissions Target)
温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きで「実質ゼロ」にすることを⽬指す⽬標です。排出をできる限り減らしたうえで、残った分を森林や⼆酸化炭素除去技術などで吸収することで、地球温暖化をこれ以上進めないことを⽬的としています。 - ⼆酸化炭素除去(CO2除去:Carbon Dioxide Removal)
⼤気中にすでに放出された⼆酸化炭素を、森林の吸収や空気直接回収(DAC:Direct Air Capture)などの技術的な⽅法によって回収・削減する取り組みのことです。温室効果ガスの排出を減らすだけでなく、過去に排出された⼆酸化炭素を取り除く⼿段として注⽬されています。⼀⽅、⼤規模に実施するには多くのエネルギーや費⽤が必要となり、植林などの⽅法では⼟地利⽤の制約も伴うため、その持続可能性に課題があるとされています。 - 家計消費損失
気候変動対策に必要となる追加的な脱炭素化投資やエネルギー価格の変化などにより、家庭が使えるお⾦が減り、⽇常の消費が抑えられる影響を指します。たとえば、電気代や⾷料品の価格上昇によって、家計の負担が増えることがこれにあたります。
京都⼤学⼤学院⼯学研究科 藤森 真⼀郎 教授のコメント
気候変動問題をめぐる国際的な取り組みは、現在さまざまな要因が重なり、必ずしも⼀枚岩とは⾔えない状況にあります。⽶国のパリ協定からの離脱や、ウクライナ情勢を背景とした欧州の政策動向などにより、国際的な議論の進み⽅には揺らぎが⽣じています。しかし、過去数⼗年にわたって続いてきた本質的な課題、すなわち「途上国にどのように気候変動対策に取り組んでもらい、同時にその負担に配慮するのか」という問題は、依然として解決されていません。本研究は、ネットゼロ⽬標が途上国に与える経済的影響を定量的に⽰し、国際的な資⾦援助の重要性を明らかにしました。本研究の成果が、より現実的で公平な国際的気候政策の議論を前進させる⼀助となることを期待しています。
論⽂タイトルと著者
- タイトル:International financial support to achieve the net-zero emissions goal could help resolve equity trade-off between developing and developed countries
(ネットゼロ排出⽬標達成に向けた途上国に対する資⾦援助の可能性) - 著者:Shinichiro Fujimori, Limeng Fan, Shiya Zhao, Shinichiro Asayama, Tomoko Hasegawa, Osamu Nishiura, Hiroto Shiraki, Kiyoshi Takahashi
- 掲載誌:Communications Earth & Environment
- DOI:https://doi.org/10.1038/s43247-026-03208-5



