コラム

シベリア鉄道の夜

「シベリア鉄道の夜」

 ある日、友人とシベリア鉄道に乗って旅をしていたときのことです。列車の中は、2段ベッドが2組あり、4人1室のコンパートメントになっていました。そろそろ眠りに就こうかとしていた午後11時ころ、列車はある駅に到着し、私たちのコンパートメントに夫婦らしき40代くらいの男女が入ってきました。その夫婦はやたらフレンドリーで、寝ようとしていた私たちに、スーツケースから取り出した食料を勧めました。ちょっと怪しげな二人だなと思いつつも、せっかく勧めてくれるのだからと、出されたパンや豚肉をいただきました。夜もふけて、私と友人が熟睡している間に、この夫婦は列車から下車したようでした。
 翌朝、ベッドから降りてみると、私たちの履きなれたスニーカーが2足とも見つからない!あちこち探しましたが、就寝まではあり、朝一番でなくなっている、しかもコンパートメントは、鍵はかかってはいませんが、ドアが閉まっていますので、たぶん夜中に乗車して下車したあの夫婦が持って行ってしまったのだろう、という結論になりました。そのままあきらめることもできたのですが、「このことを誰かに言いたい!(怒)」と思ったのでしょうか、私と友人は、車掌さんに事情を説明しに行きました。と言っても、私たちはロシア語は話せませんし、車掌さんも英語は話せません。身振り手振りで、説明しているうちに、他の乗客も混じって、昔テレビ番組でやっていた「ジェスチャーゲーム」さながらのシーンとなりました。やっと話がわかってもらえたときには、乗客から拍手がおこり、笑いがおこり、私と友人は妙な達成感を抱き、とんだハプニングからスタートしたこの話も、いつの間にか、ほんわか笑い話になっていました。その後、私は上履きにしていたカンフーシューズを、友人は、身丈150cmほどの小柄な美人車掌さんから同情とともにいただいたかわいい靴をはいて、無事シベリア鉄道の旅を終えたのでした。その後、列車の中で知り合った通訳ガイドのロシア人青年から、ロシアでは多くの人が給料だけでは食べていけないので、闇市で輸入製品などを売ってその収入で暮らしていることを教えてもらいました。私たちの、履きつぶした安物のスニーカーが、闇市で売られ、そのお金であの夫婦は食料を買い、売られたスニーカーはどこかで誰かに履かれて、ロシアの地を歩いているのだなと、盗まれたスニーカーから夢とロマンが広がりました。
 異国の地で、旅の重要アイテムである靴を盗まれ、はじめは困惑と怒りでいっぱいでしたが、後にそれは人とのつながり、笑い、そして夢とロマンまでもたらしたのでした。今こうして、心理の仕事をしていて、あのネガティブな感情が、後にほんわか温かい、ポジティブな感情に変わったのは、どうしてかなと考えると、いろいろと興味深いものです。


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