つれづれ映画評 第三回「アンコール!!」
最近、好意や愛情、と言うか、より本心に沿った強い気持ちをあまり口にせず歳を重ねてきてしまったなと思います。
日常の決まり文句のようなものは言えますが、決まり文句は本心と違っても機械的に出せますからね。そうではなく、もっと心からの気持ち、それゆえ口にすると不安や気恥ずかしさでどうにかなりそうな思いは、避けて避けて通っている気がします。
言葉にするともう取り繕いようがなくなって、自分が弱い、無防備な存在のように感じてしまうからでしょうか。
まあ小心者なんですね。けれども「好きです」などと言って生じる恥や恐れの感覚に比べれば小心である方がマシなので、それをずっと続けているという感じです。
今回紹介する作品は、まさにそういう在り方で人生の終盤まで来てしまった男の話です。もうかなりいい歳です。立ち居振る舞いに華などありません。彼自身、華と言うか、他者に対する親密さ、気軽さみたいなものは表に出さないようにしてきたからでしょう。その代わり、彼は行動で自分の思いを表そうとします。奥さんもいい歳で体の自由が利かないのですが、彼女の生活を献身的にフォローします。ただ、言葉の代わりに行動で示そうとする人に共通すると思うのですが、その献身の背後にある肝心の愛情が相手に伝わりきらないのです。とはいえ長年連れ添った老夫婦はそれをもどかしく思うこともなく、当たり前のこととして受け入れています。夫は何でもない振りをして言葉数の少ない生活を続け、妻はそれを許しているという感じです。
物語は、奥さんの病状が悪化し、熱心に通っていたシニア合唱団の活動を続けられなくなるところで転機を迎えます。そこから、歌うどころか世間話すらままならない老人が妻に代わって合唱団に入り、人前で歌い、コンクールに出場することになるのです。この辺ありがちな展開ですが、彼が持つコミュニケーションへの恐れ、好意や優しさを示すことへの抵抗、それを事も無げにこなす合唱団メンバーへの嫌悪と憧れ、そういった要素が無理なく自然に(あるいはかなり計算された巧みさで)描かれているので退屈しません。そうなんだよ、俺もそうなんだよと何度も頷いてしまう説得力があります。
気持ちをうまく伝えられない― まあそんなもんだろと開き直るでもなく、克服しなければと気負うでもない、そういう心地良いバランスがラストまで続きふと気がつくと泣いている、という感動的な作品です。圧巻なのは、中盤、奥さんが夫に向けてシンディ・ローパーの古いヒット曲を歌うところ。「私はあなたの本当の色を知っている」そんなふうに誰かに言ってもらえるなんて、普通ナイですよね。だからこそ主人公である彼は、他者に対して一歩踏み出すことができたのだと大いに納得させられる、そして勇気をもらえる場面なのでした(と言うかめちゃ泣かされました)。
「アンコール!!」 ”Song for Marion”
監督:ポール・A・ウィリアムズ
キャスト:テレンス・スタンプ、ヴァネッサ・レッドグレイブ、ジェマ・アータートン