つれづれ映画評第四回「お、お勧めできません…」
2015年08月19日
コラム
四回目を迎えたつれづれ映画評ですが、ここでは大々的に話題作になったわけではなく、しかし世代や男女の別に関わらず人の心を惹きつける作品を取り上げたいと思っています。が、中には扱われるテーマが重かったり描写が凄惨だったりして、紹介するのに躊躇してしまう作品もあるんですね。そもそも大々的な話題作からして重苦しい作品が昨今は多いと思います。
米国では国内外で不穏な要素を数多抱えている為か、アカデミー賞(の作品賞)にその手のものが数年続けて選ばれることも珍しくありません。何かしらダークで病んだ面が描かれないと却って受け入れられないと言うか。僕は少し前に劇場で「アメリカンスナイパー “American Sniper”(2014)」を観たんですが(2015年作品賞ノミネート)、その後味の悪さにエンドロールで早々に席を立ちたくなりました。米国では激賞されたそうです。俳優としてはもっぱら爽快感溢れるアクション映画で主演を張っていたイーストウッドが、メガホンを取るようになってから徹底して安易な映画的カタルシスに対し距離を置き続けているのは流石だなと思いました。ああ、またそう来るんですねと。でも… いくらなんでもあんな終わり方は…
とは言え人間の善い側面だけを扱う映画ってむしろ稀ですから、良作ではあるけどお勧めしにくい作品というのはやっぱりありますね。最近に限らず、昔から。例えば、そう、これがまた色々あるんですよ。
人には言えない遺伝子情報を隠しながらエリート集団の中で必死に生き残ろうとする主人公の苦闘がサスペンスフルな「ガタカ“GATTACA”(1997)」、軍の要請に応えて一線を越えた実験を行なう医師たちを描いた邦画「海と毒薬(1987)」、ありがちなB級モンスターパニック映画かと思いきや状況が刻一刻と過酷になっていき特にラストシーンで主人公が取る行動に激論必至の「ミスト“The Mist”(2007)」、9.11でテロに利用された(ものの土壇場で比類なき勇気を発揮した)旅客機の最期の状況を描く「ユナイテッド93 “United93”(2006)」、五十年以上前の作品とはいえ老いを扱う構造の深刻さが現代と変わらない「楢山節考(1958)」、と挙げていけばキリがありません。
これ、いずれも良作に違いないとは思うのですが、お勧めできるかと言えばかなり微妙です。いや、観てもらっても構わないんですよ、全然! ただ、どれもハッピーエンドにはほど遠く、ここぞという場面で安心して泣けるような救済措置が用意されているわけでもない。ことさら救いのなさを前面に押し出して製作者が悦に入るような暴力性はないものの、目(心)に優しいとはとても言えない作品たち。いや全くお勧めし難いです。
ついこないだは、「ヴィクとフロ、熊に会う“VIC+FLO ont vu un ours”(2013)」というマイナー作品を観ました。邦題からしてフィンランド映画だと思ったんですよ、ファンタジックでホロリと泣けるフィンランド映画だと! それがもう全然違う。だいたい熊なんか出てこない。
主人公のヴィクは還暦を過ぎた女性ですがどうやら長いあいだ刑務所にいたらしく、仮出所で故郷に戻ってもそこには体が不自由な叔父と彼が住む小さな小屋しか残っていない。ああ、じゃあこれは死と再生の物語なのか、悪事を働いたがゆえ相当な時間を無為に失った女性が故郷で再出発を果たす話なのか、と思ったんです。ヴィクは根っからの悪党には見えないし、二回りほど年若の恋人フロが訪ねてきた時は子供のようにはしゃいで生気を取り戻す。人の勧めで家庭菜園を始めたりもする。うん、死と再生の話やなと。
でも違いました。
フロは美しい女性で男性にもモテるので、あちこちで関係を持ってしまう。そういう自由奔放な恋愛をヴィクと出会う前から続けてきたようで、誰かの強い恨みを買うことも充分にあったのでしょう。ヴィクも内心苦々しく思っているのに、彼女を失えば自分にはもう何も残らないと感じるのか、フロに執着してしまう。その結果、いわば自業自得といった形で二人は熊のように恐ろしい災厄を招き寄せてしまうのです。
無味乾燥とした前半から中盤徐々に募っていくヴィクとフロの確執、そして目を覆いたくなるようなラストシーンへ一気に放り込まれる構成にはよくも悪くも胸を拍(う)つものがあり、この作品には学ぶべき怖さがあると思わされます。僕はトラブルメーカーのフロや上述した“災厄”よりも、ヴィクの狡さが怖いんですよ。その最後の災厄はヴィクにとっても予想外のものだった筈ですが、一瞬の差で彼女は回避することができたんじゃなかろうか。でもそうするとフロを助けねばならず、助ければフロは去っていくだろう。そこまで考えて、あえて二人一緒に絶望的な状況に身を置くことを咄嗟に選択したんじゃなかろうか。深読みかもしれませんが、だとしたら怖いですね。いやー全くお勧めできません。
・・・というわけで今回は、特にひとつの作品のみに言及することなく色々と書き連ねてみました。大学生活は日々様々な試練が降りかかりますから、このコラムでもできれば皆さんが少しでも前向きになれるような作品を紹介しようと心がけています。が、あまりそういうものばかりでも予定調和に過ぎて却って読んでもらえないかなと思い、こういう形にしてみました。自分としては大好きだけどお勧めはしにくい、そんな作品について友達と語り合ってみるのも楽しいかもしれませんね。
米国では国内外で不穏な要素を数多抱えている為か、アカデミー賞(の作品賞)にその手のものが数年続けて選ばれることも珍しくありません。何かしらダークで病んだ面が描かれないと却って受け入れられないと言うか。僕は少し前に劇場で「アメリカンスナイパー “American Sniper”(2014)」を観たんですが(2015年作品賞ノミネート)、その後味の悪さにエンドロールで早々に席を立ちたくなりました。米国では激賞されたそうです。俳優としてはもっぱら爽快感溢れるアクション映画で主演を張っていたイーストウッドが、メガホンを取るようになってから徹底して安易な映画的カタルシスに対し距離を置き続けているのは流石だなと思いました。ああ、またそう来るんですねと。でも… いくらなんでもあんな終わり方は…
とは言え人間の善い側面だけを扱う映画ってむしろ稀ですから、良作ではあるけどお勧めしにくい作品というのはやっぱりありますね。最近に限らず、昔から。例えば、そう、これがまた色々あるんですよ。
人には言えない遺伝子情報を隠しながらエリート集団の中で必死に生き残ろうとする主人公の苦闘がサスペンスフルな「ガタカ“GATTACA”(1997)」、軍の要請に応えて一線を越えた実験を行なう医師たちを描いた邦画「海と毒薬(1987)」、ありがちなB級モンスターパニック映画かと思いきや状況が刻一刻と過酷になっていき特にラストシーンで主人公が取る行動に激論必至の「ミスト“The Mist”(2007)」、9.11でテロに利用された(ものの土壇場で比類なき勇気を発揮した)旅客機の最期の状況を描く「ユナイテッド93 “United93”(2006)」、五十年以上前の作品とはいえ老いを扱う構造の深刻さが現代と変わらない「楢山節考(1958)」、と挙げていけばキリがありません。
これ、いずれも良作に違いないとは思うのですが、お勧めできるかと言えばかなり微妙です。いや、観てもらっても構わないんですよ、全然! ただ、どれもハッピーエンドにはほど遠く、ここぞという場面で安心して泣けるような救済措置が用意されているわけでもない。ことさら救いのなさを前面に押し出して製作者が悦に入るような暴力性はないものの、目(心)に優しいとはとても言えない作品たち。いや全くお勧めし難いです。
ついこないだは、「ヴィクとフロ、熊に会う“VIC+FLO ont vu un ours”(2013)」というマイナー作品を観ました。邦題からしてフィンランド映画だと思ったんですよ、ファンタジックでホロリと泣けるフィンランド映画だと! それがもう全然違う。だいたい熊なんか出てこない。
主人公のヴィクは還暦を過ぎた女性ですがどうやら長いあいだ刑務所にいたらしく、仮出所で故郷に戻ってもそこには体が不自由な叔父と彼が住む小さな小屋しか残っていない。ああ、じゃあこれは死と再生の物語なのか、悪事を働いたがゆえ相当な時間を無為に失った女性が故郷で再出発を果たす話なのか、と思ったんです。ヴィクは根っからの悪党には見えないし、二回りほど年若の恋人フロが訪ねてきた時は子供のようにはしゃいで生気を取り戻す。人の勧めで家庭菜園を始めたりもする。うん、死と再生の話やなと。
でも違いました。
フロは美しい女性で男性にもモテるので、あちこちで関係を持ってしまう。そういう自由奔放な恋愛をヴィクと出会う前から続けてきたようで、誰かの強い恨みを買うことも充分にあったのでしょう。ヴィクも内心苦々しく思っているのに、彼女を失えば自分にはもう何も残らないと感じるのか、フロに執着してしまう。その結果、いわば自業自得といった形で二人は熊のように恐ろしい災厄を招き寄せてしまうのです。
無味乾燥とした前半から中盤徐々に募っていくヴィクとフロの確執、そして目を覆いたくなるようなラストシーンへ一気に放り込まれる構成にはよくも悪くも胸を拍(う)つものがあり、この作品には学ぶべき怖さがあると思わされます。僕はトラブルメーカーのフロや上述した“災厄”よりも、ヴィクの狡さが怖いんですよ。その最後の災厄はヴィクにとっても予想外のものだった筈ですが、一瞬の差で彼女は回避することができたんじゃなかろうか。でもそうするとフロを助けねばならず、助ければフロは去っていくだろう。そこまで考えて、あえて二人一緒に絶望的な状況に身を置くことを咄嗟に選択したんじゃなかろうか。深読みかもしれませんが、だとしたら怖いですね。いやー全くお勧めできません。
・・・というわけで今回は、特にひとつの作品のみに言及することなく色々と書き連ねてみました。大学生活は日々様々な試練が降りかかりますから、このコラムでもできれば皆さんが少しでも前向きになれるような作品を紹介しようと心がけています。が、あまりそういうものばかりでも予定調和に過ぎて却って読んでもらえないかなと思い、こういう形にしてみました。自分としては大好きだけどお勧めはしにくい、そんな作品について友達と語り合ってみるのも楽しいかもしれませんね。
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