コラム

傷を育むこと

 コラムで何を書こうかと思案している時、ある雑誌に“児童文学を読もう”という特集が組まれているのを見て、久しぶりに何か児童文学を読みたいなと思いました。手にとったのは何度か学生時代に読んだことのある、ファンタジー小説『裏庭』という梨木香歩さんの本です。
 この小説は照美という少女が、ある出来事をきっかけに、洋館の秘密の「裏庭」へ入り込み冒険の旅に出るというお話です。”裏庭”という言葉は、なんだかワクワク、でもちょっぴり怖いような気がします。この裏庭に行けるのは、そこで庭師としての運命を背負った者だけが行くことが出来るのです。鏡を通って・・・。

 この物語に出てくる照美の家族たちはそれぞれに理由があって、少し疲れていたり、時に感情を見失ってしまったり、悲しんでいたり、それでも毎日を生きながら暮らしています。しかし、照美の裏庭での体験に呼応する形で、照美の帰りを待つ家族も段々と変化してきます。照美は裏庭で祖母−母ともう一度関係を繋がりなおして、自分ともう一人の自分と繋がってこちらの世界に帰ってくるのです。
 物語の中には裏庭の世界でも現実の世界でも”傷をもつもの“という言葉が出てきます。照美は三人の老婆から『傷を恐れるな』『傷に支配されるな』と言われますが、傷というものがまだよく分かりません。しかし最後に出会う老婆から『傷を大事に育んでいくことじゃ。そこからしか自分というものは生まれませんぞ』と言われ、少しずつ自分のもつ苦しみや葛藤、怒りや悲しみを感じ始めていきます。照美のそういった裏庭での体験に呼応する形で、現実の世界にいる照美の母も、老婦人から傷をもつことで鎧が必要な時期は誰にでもあるが、『薬を付けて、表面だけはきれいに見えても、中のダメージにはかえって悪いわ。傷をもっているということは飛躍のチャンスなの。だから充分傷ついている時間をとったらいいわ』と言われ、初めて照美の母は自分が鎧をつけて今まで自分の感情を見ないようにしていたことに気が付くのです。傷をもつことがどれだけ辛くしんどいのかということは勿論ですが、だからといって傷をもつことは悪いことではない、その傷は『多少姿形が変わったとしても自身の変化への準備というものにも変わり得るのだ』ということを教えてくれています。この物語は読み手にとっての大切な何かを教えてくれるような小説です。照美が無事帰還したことにほっとしながら本を閉じた後、きっとまたいつか読み返したくなるという気持ちになりました。それまで大切に心に留めておこうと思います。

学生サポートルームカウンセラー