コラム

つれづれ映画評第五回「レヴェナント―蘇えりし者―」

 文化の違いって面白いですね。副題の「蘇えりし者」のほうは何か崇高な、人智を超えた大きな力をイメージさせますが、原題の ”Revenant” は辞書を調べると「黄泉の国から戻ってきた人。もしくは幽霊。亡霊」とあって、かなり不吉な意味合いの言葉なんですね。有名なアメリカンホラーの小話「猿の手」もそうですが、根底に「復活」の概念が当然のものとしてあるキリスト教文化圏では「土から戻ってきた者が善い存在とは限らない」という感覚もまたあるようで、そのニュアンスの違いに対応する言葉をちゃんと持ってるんですね(良い意味合いのほうはやはりResurrection でしょうか)。日本はどっちかと言うと「輪廻転生」で何かもう別の存在になっちゃうという感じですが、とにかく、”Revenant” にぴったりの邦題をつける文化的素地が我々にはない。それでとりあえず上記のような副題になったと思うんですが、中身を観るともう全然問題ありませんでした。不吉で荒々しく残酷で、かつ崇高で人智を超えている。色々てんこ盛りで、本当に贅沢な作品でした。

 舞台は1823年のアメリカ中西部ということですがオフィシャルサイトにそう書かれているだけで映画本編では一切説明されていません。説明されても、アメリカ史でも専門にやってない限り時代背景とかろくに出てこないですよね1823年とか。何かうまく状況が飲み込めないまま話が始まるんですが、その観ている側の軽い混乱にかぶせるようにネイティブアメリカンが主人公の一行を襲撃してきて、画面は突如、敵味方入り乱れる阿鼻叫喚の修羅場となります。この作品はアカデミー撮影賞をとってますが、その絵作りはかつて同様に戦闘シーンを入念に作り込むことで撮影賞をとった(と思われる)「ブレイブハート(1995)」や「プライベート・ライアン(1998)」に勝るとも劣らない出来栄えとなってます、私見では。ほんの数分の短いシーンなのに、当時の戦闘のあり方だけでなく、その時代の持つ残酷さ、秩序の無さ、自由奔放さといったものが感覚的に理解できるようにもなっています。

 撮影賞も納得の絵作りは全編を通じて維持されます。そもそもロケーションがいいですね。「どこで撮ったの?」みたいな質問がネットでも散見されます。基本的に森と川の場面しかないんですが全く飽きない。昼間のシーンであれば銀灰色がかった白い画面に、そして夜のシーンであれば暗灰色がかった青い画面に、魅入られるからでしょうか。日本だとあまり見られない下生えが疎で先がどこまでも見渡せそうな森は、逆にどこからか常に見られているようで落ち着かなくなり、もし何かに追われたら身を隠すことなどできないんじゃないかと不安を煽ります。というところであれですね、あの熊のシーン。もうホント「どうやって撮ったの?」という。主役を務めたレオナルド・ディカプリオもあれほど絶体絶命度が高いシーンに出たことないんじゃないでしょうか。いやけっこう彼は死んじゃう役が多いんですけど。しかし後続のクリエイターにとっては果てしなくハードルが上がってしまいましたね。似たような場面を撮るとなれば、必ずこの作品の出来と比較されることになるでしょう。

 ストーリーのほうも大丈夫です。復讐譚を成り立たせるに充分の悪っるい奴が出てきますから。アメリカ映画に出てくる悪役は本当に魅力的なキャラが多いですね。「ウォーキング・デッド」なんかも数シーズンごとに悪党集団が一新されボスキャラも変わるわけですが、毎回飽きさせずに物語を引っ張っている。力強くリーダーシップがあって頼り甲斐もあるしすごく賢い。でも最終的に心が通じ合わないんだろうなと思わせる怖さがある。この作品ではトム・ハーディがその役を演じていて、僕は知らなかったんですが最近いろんな作品で主役を張るようになってきた俳優さんらしいです。ちなみにイギリス人だと。大作の悪役にイギリス人を起用すると当たる、というジンクスがハリウッドにはあるそうで、そのパターンにも沿っていることになりますね。

 と、色々書きましたが最初に述べたようにてんこ盛りの贅沢な作品です。サバイバルアドベンチャーと銘打ってるだけあって、随所に描かれる生きるための知恵がこれまた素晴らしい。概ねエグいんですけどね。ライフル弾の火薬を使って傷を焼灼する場面とか、こんなことする時代がかつてあったんやと半ば感動すら覚えます。古すぎる技術はもう誰も知らなくて画面で見ると却って斬新、と言うか。そして最後は、ばりばりの西部劇的展開へ。ハリウッドの御家芸が炸裂します。伏線のつなげ方も上手いんですよね。ハッピーでもバッドでもないエンディングは時に消化不良で終わったりしますが、この作品は違います。主人公がまとう、それまでの過酷で凄惨な行程に耐えた見返りとも言うべき気高さを、観る者の心にも与えてくれるでしょう。
 こういう良作には、数年に一度は出会いたいものです。


「レヴェナント―蘇えりし者―」 “The Revenant”
監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ
キャスト:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディ、ウィル・ポールター

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