生きている証を刻み込む ドキュメンタリー映画『リビング ザ ゲーム』監督 合津 貴雄さん(2009年文学部卒)
全世界で注目を集めているプロゲーマーの生き様に迫ったドキュメンタリー映画『リビング ザ ゲーム』。海外で絶賛され、世界最大のドキュメンタリー映画祭で20万人が訪れるカナディアン国際ドキュメンタリー映画祭や、広州国際ドキュメンタリー映画祭に正式招待され、日本でも東京を皮切りに3 月から全国各地で上映されている※1 。監督は、テレビ番組制作会社「東京ビデオセンター」のディレクター、合津貴雄さん(2009年文学部卒)。自身にとって初の長編ドキュメンタリー映画だ。
合津さんが映画に興味を持ったのは、医学部を目指して浪人していたときのこと。「北野武監督の『HANA-BI』を観て、これまで普通に生きてきて味わったことがなかった感情が湧き上がってきて。価値観を揺るがすものが映画なんだと実感し、自分で映画を撮りたいと思うようになりました」。大学で映画を学ぶため文系に転向し、立命館大学文学部人文学科へ入学。入学後は自主映画製作を目的とした映画部に入り、映画に明け暮れる生活を送っていた。「生きづらさを感じながらも、誰かに告白できるわけでもなく、淡々と人生を歩んでいく人たちを描いたフィクション映画を撮っていました。今思えば、映画のまね事のレベルでしたが、そのころは『まね事ではない』と鼓舞していた日もあれば、自虐気味に『まね事。まね事』と言って手応えのなさをごまかしていた日もありました」。
卒業後に就職したが、「映画を撮りたい」という気持ちを抑えることができず、1 年で退職。アルバイトをしながら、一般上映を目指し映画部の仲間と2年間で2本の映画を撮った。映画館を貸し切り、上映を行ったが、感じたのは自分たちの限界だったという。「大学時代は自分たちのコミュニティーに収まって、内に向いた作品ばかりでした。社会に出てメンタリティーを外に向けてから撮り始めたつもりでしたが、出来上がった作品からは、小さな世界から抜け出せていないことを、まざまざと見せ付けられました」。
自分の殻を破り、もっと多くの世界を見たいと、合津さんは映画よりもスピードが速いテレビ番組制作の世界に27歳で飛び込む。アシスタントディレクターを経て、ディレクターとしてのデビュー作は、アニメ映画製作現場のドキュメンタリーだった。「30分ほどの番組でしたが、2カ月くらい密着しました。現場の人から『いつまでいるんだ!』と怒られながらも、へばりつき、見えてきたものがありました。それは第一線で活躍する人の働き方や、ものをつくることに対しての“情熱”と“冷静”のバランス。それが高い次元で保たれていた。そこで、自分の映画製作に対する考え方の甘さを痛感しました」。その後、合津さんは『リビング ザ ゲーム』の主人公となるプロゲーマーたちと出会う。「今でこそ『eスポーツ※2』として世間に知られるようになってきたゲームの世界ですが、僕が企画したころは、ファンにとってはヒーローでも、世間では社会のはみ出し者と見なされていた。本人たちも「ゲームで生きている」と世間に胸を張って言えない苦悩と葛藤がありました。そこに僕の人生がダブって見えた。そんな彼らがどうやって生きていくのかを撮りたいと思ったんです」。2014年、ドキュメンタリー映画の国際共同製作企画提案イベント「Tokyo Docs」への社内公募に合津さんは手を挙げた。企画が採択され、共同製作するパートナーも決まらないままフライング気味でキックオフ、かつ綱渡りで進められたというが、日本と台湾の共同製作として2018年3月、『リビングザ ゲーム』の日本上映がスタート。製作に2年、総撮影時間380時間を88分に凝縮した映画に仕上がった。
しかし、合津さんにとって、この映画の上映が大きな喜びではなかったという。「『夢が叶った!人生最高!』となれば良かったのですが、映画を上映することだけが自分の目標ではなかったと、今回改めて思いました。それよりも『面白かった』『分からなかった』など、自分の作品に対して感想をもらえたことが何よりも大きな喜びです」。
今後は、着実に面白いものをつくっていきたいと合津さんは語る。「ディレクターになったのは30 歳のころ。それまで自分は『これで生きている』と胸を張って言えるものが何もなかった。今は『面白いもの』をつくることが自分の生きている証。欲を言えば、原点のフィクション映画もいつか撮りたい」と合津さん。第一線の情熱と冷静を持って、確実な一歩を踏み出した。
※1 2018年5月現在
※2「 エレクトロニック・スポーツ」の略。コンピューターゲーム、ビデオゲームで行われる対戦型の競技の名称。
出典元:校友会報「りつめい」No.273(2018年7月号)
PROFILE
合津 貴雄さん(ごうつ たかお)
2009年文学部卒
ドキュメンタリー映画『リビング ザ ゲーム』監督
株式会社東京ビデオセンター ディレクター
大学時代から自主映画の製作を始め、卒業後に一般の映画館で作品上映を行う。2012年株式会社東京ビデオセンター入社後、フィクションからノンフィフィクションに活動の場を移し、テレビの世界ではNHKを中心に情報番組の制作に携わる。『リビングザ ゲーム』は監督初の長編ドキュメンタリーである。
写真撮影:西槇太一