研究成果の概要

 名古屋市⽴⼤学 三浦均准教授、東北⼤学 中村智樹教授、森⽥朋代⼤学院⽣、渡邉華奈⼤学院⽣、中国科学院・⽴命館⼤学 ⼟`⼭明教授、北海道⼤学 ⽊村勇気教授、宇宙航空研究開発機構 ⼩⼭千尋研究開発員らの共同研究グループは、⼩惑星や彗星、隕⽯などの地球外物質に含まれるミリメートルサイズの球状粒⼦「コンドリュール」が溶融状態から急冷凝固する過程の数値シミュレーションを⾏い、特異な形の鉱物「棒状カンラン⽯」の結晶成⻑過程を世界で初めて理論的に再現しました。本研究成果により、今後、国際宇宙ステーションにおける微⼩重⼒環境下でのコンドリュール再現実験と合わせて、初期太陽系における物質進化過程や惑星形成過程の理解が⾶躍的に進むことが期待されます。
 本研究成果はScienceの姉妹誌である「ScienceAdvances」(令和7年5⽉24⽇付)に掲載されました。

【研究成果のポイント】

  • 太陽系の「⽯のタイムカプセル」であるコンドリュールの特異な“模様”を、世界で初めて数値シミュレーションによって再現した。
  • 本研究成果は、初期太陽系における物質進化過程や惑星形成過程の解明に繋がることが期待できる。

背景

 コンドリュールは、約46億年昔の初期太陽系において、なんらかの過程によって加熱溶融したのち、急冷凝固することで形成した球状粒⼦です。その中には、「棒状カンラン⽯」という、地球上の岩⽯には⾒られない特異な形のカンラン⽯(注1)という鉱物の結晶が含まれています(図1)。雪の形が周囲の温度や⽔蒸気量によって千差万別に変化するように、結晶の形は周囲の環境を反映して変化するため、棒状カンラン⽯の特異な形は初期太陽系の環境を推測するための重要な⼿がかりです。棒状カンラン⽯の形成条件を調べるため、これまで数多くのコンドリュール再現実験が⾏われてきました。しかし、棒状カンラン⽯の形成過程を理論的に再現する試みはほとんど⾏われていませんでした。
 そこで、本研究グループは、溶融コンドリュールの急冷凝固過程を数値シミュレーションすることにより、棒状カンラン⽯を再現し、その形成メカニズムや形成条件を理論的に明らかにするという試みに挑みました。

図1
図1:(a)コンドリュールに含まれる棒状カンラン⽯。⽩い部分がカンラン⽯の結晶である。(b)棒状カンラン⽯の模式図。コンドリュール周囲を取り巻くリムと、その内部にほぼ平⾏に並ぶ多数のバーで特徴付けられる。リムとバーは別々の結晶ではなく、単⼀の結晶である。(c)数値シミュレーションによって再現された棒状カンラン⽯に類似した結晶成⻑パターン(模様)。

研究の成果

 本研究グループは、急冷する溶融コンドリュール内部でカンラン⽯が結晶成⻑する過程をフェーズフィールドモデル(注2)に基づいて数値シミュレーションし、棒状カンラン⽯に極めて類似した結晶成⻑パターンを世界で初めて理論的に再現しました。この結果に基づき、棒状カンラン⽯の形成メカニズムに関する新しい理論モデルを提唱しました。さらに、棒状カンラン⽯が形成するには、従来考えられていたよりも溶融コンドリュールが速く冷却される必要があることを明らかにしました。
 溶融コンドリュールは、いわば宇宙空間に⽣じた「微⼩なマグマ」であり、その中にはカンラン⽯などの鉱物を構成する多様な成分が含まれます。これが宇宙空間のような⾼真空環境で加熱されると、特定の成分が蒸発して失われ、溶融コンドリュールの表⾯付近にこれらの成分が枯渇した「蒸発層」が⽣じます。蒸発層内では、カンラン⽯結晶に対する過冷却度(注3)が⼤きくなると同時に、溶融コンドリュールの化学組成がカンラン⽯結晶と適合することにより、カンラン⽯が急速成⻑してコンドリュール周囲を取り巻くリムが形成されることがわかりました。また、リムが成⻑する過程において、その内側で界面不安定(注4)という現象が⽣じた結果、リムの内側に多数の平⾏バーが発⽣することがわかりました。
 棒状カンラン⽯がこのようなメカニズムで形成したとすると、溶融コンドリュールの表⾯に⽣じた蒸発層が残っているうちに棒状カンラン⽯が作られる必要があります。そのために必要な冷却速度を理論的に⾒積もったところ、1秒あたり1℃以上の速さで冷却する必要があることが判明しました。この冷却速度は、従来の再現実験が⽰していた値(1秒あたり1℃以下)よりも速く、このことはコンドリュールが従来考えられていた条件とはまったく異なる条件で形成された可能性を⽰唆しています。これまでの標準的なコンドリュール形成シナリオは従来の再現実験の結果に基づいて検討されており、本研究成果はそれらの形成シナリオを根底から⾒直すことの必要性を提⽰しています。

研究の意義

 惑星形成の理論研究によると、コンドリュールのようなミリメートルサイズ〜センチメートルサイズの粒⼦は、惑星の形成において重要な役割を果たしたことが⽰唆されています。本研究成果は、初期太陽系における物質進化のみならず、惑星形成に関する我々の理解を⾶躍的に進歩させることができると考えています。

今後の展開や社会的意義

 本研究グループは、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟(注5)の微⼩重⼒環境を利⽤したコンドリュールの再現実験プロジェクト「Space Egg(代表:中村智樹)」を計画しています。本実験は2022年度「きぼう」での静電浮遊炉を利⽤した材料研究テーマ募集【基盤研究利⽤コース】として選定されており、2025年度に実験を実施する予定です。宇宙実験でコンドリュールの“模様”が再現されれば世界初の快挙であり、本数値計算⼿法はその実験結果を直接検証しうる現時点で唯⼀の理論解析⼿法を提供します。宇宙での再現実験と数値シミュレーションという世界に例を⾒ない研究協⼒体制により、関連分野における⽇本の⾼い研究⼒を国際的にアピールすることができます。

用語説明

  • 注1 カンラン⽯
    岩⽯に含まれる代表的な鉱物の結晶。カンラン⽯そのものは、地球外物質だけでなく、地球上の岩⽯にも普遍的に存在している。形成環境を反映した多様な形を⽰す。
  • 注2 フェーズフィールドモデル
    物質の相変化(液相から固相など)を連続的な場の変数を⽤いて表現する数理モデル。主に、合⾦凝固の分野において広く活⽤されている。
  • 注3 過冷却度
    その物質が完全に溶融する温度を基準とした冷却の度合いを表す量。過冷却度が⼤きいほど、結晶を成⻑させる作⽤が強い。例えば、⽔の融点は摂⽒0℃だが、急冷すると氷点下においても液体の状態で存在でき(過冷却⽔)、温度を下げるほど凍結しやすくなる。
  • 注4 界⾯不安定
    平坦な結晶⾯が成⻑する際、結晶⾯に⽣じた微⼩な凹凸が時間とともに増幅され、多数の突起が発⽣する現象。様々な結晶の成⻑過程において観察される。雪に⾒られる美しい樹枝状の結晶の形成にも、界⾯不安定現象が関与している。
  • 注5 「きぼう」⽇本実験棟
    宇宙航空研究開発機構が開発した⽇本の宇宙実験棟。国際宇宙ステーションに登載されており、⾼品質タンパク質結晶⽣成実験を始め、微⼩重⼒環境を利⽤した様々な実験が⾏われている。

研究助成

本研究は、⼤幸財団(三浦均)の研究助成、科学研究費補助⾦(三浦均、JP20K05347、JP19H00820、JP22K18306)、科学研究費補助⾦(中村智樹、JP24H00259)、東北⼤学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC⽀援事業の⽀援を受け実施されました。

論文情報

  • 論⽂タイトル:Decoding the formation of barred olivine chondrules: Realization of numerical replication
  • 著者:三浦 均1*、森⽥ 朋代2、中村 智樹2*、渡邉 華奈2、⼟`⼭ 明3,4、⽊村 勇気5、⼩⼭ 千尋6 所属 1)名古屋市⽴⼤学 ⼤学院理学研究科、2)東北⼤学 ⼤学院理学研究科、3)中国科学院広州地 球科学研究所、4)⽴命館⼤学 総合科学技術研究機構、5)北海道⼤学 低温科学研究所、6)宇宙航空研究開発機構 有⼈宇宙技術部⾨ (*Corresponding author)
  • 掲載学術誌:Science Advances
  • DOI番号:10.1126/sciadv.adw1187

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