堀江未来は、多文化間共修とDEI(多様性・公平性・包摂性)教育を通じて、異なる背景を持つ人々が互いに学び合い、協働する場を創出する研究を進めている。小学校から大学まで多様な個が尊重され、対話を通じて社会を築くための教育はどうあるべきか。その背景には、異文化との出会いが個人の成長を促すという信念がある。
異文化との出会いが育む人の成長
堀江未来は、教育学の分野で多文化間共修とDEI(Diversity, Equity, Inclusion:多様性・公平性・包摂性)教育の第一人者として知られている。異なる文化的背景を持つ人々が互いに学び合い、協働することで成長する場をどう構築するか。その問いを軸に、大学や小中高の現場で実践を重ねてきた。
「私の研究の根底には、異文化や他者との出会いこそが人の成長を促す、という思いがあります。教育の場を、単に先生が生徒に知識を伝える場所ではなく、対話を通じて互いに学び合う空間にしたいのです」
異文化との出会いをどう学びの場にしていくか。その実践のために、堀江は日本の大学の中でもトップクラスに留学生の多い立命館大学の国際的なキャンパス環境を活かし、取り組みを進めてきた。
「具体的に始めたのは今から約10年前の2015年頃です。当時、私は国際教育推進機構に在籍しており、留学生と日本人学生が一緒に授業を受けて、ディスカッションを通じて互いの視点や価値観を学び合う授業づくりを行なっていました。同僚の先生方と話しているときに、そういう『共修』の場をもっと広く展開できたらいいのでは?とアイデアが生まれたのです」
文化的背景の異なる学生同士が学ぶ場をより広く展開する。構想を実現するために、教職員でのディスカッションを呼びかけると、学内から90人を超える教員が参加し、それぞれの現場ですでに行なっている実践について情報共有をすることができた。話し合いの中で国籍の壁を超えた合同授業の意義を確信した堀江は、そのスタイルの学びを「多文化間共修」と名付け、仲間たちと共に今も実践を続けている。
「とはいえ、最初から学生間の『壁』がすぐに取り払われたわけではありません。象徴的だったのが、ある日の授業で出た『外人ベンチ』という言葉でした。衣笠キャンパス内に留学生が毎日集まるベンチがあって、日本人学生はそこに加わってみたいけれど、心理的な壁を感じると授業で声が上がったのです」
ファシリテーション型教育のもたらす意義
留学生側に聞いてみると「ぜひ日本人学生も輪に入ってきてほしい」と言うが、彼らもどうアプローチしていいかわからない状態だった。それが授業の話し合いでお互いの思いが明らかになり、そういった心理的な壁を無くしていくためにはどうしたらいいのか、より踏み込んだ議論につながった。
「その経験を通じて、異文化コミュニケーションでは心理的ハードルが存在するのが前提条件であることを、改めて私も実感しました。しかしそうしたハードルも、授業という強制力をもつ枠組みを活用し、教員が『多様な観点から意見を出すことに価値がある』ことを強調しつつ、心理的安全性が保たれるクラス環境を作ることである程度解消できます。言語や考え方の違いから誤解が生じることを大前提としながらお互いに協力してコミュニケーションを成り立たせようとすること、見えない違いをお互いに掘り起こそうとすることで異文化理解は進むのです」
堀江らの取り組みは、教員たちにも大きな刺激を与えている。大学を含む日本の学校教育では、これまで一般的に教壇に立つ教師が机に座る学生たちに、一方的に知識を伝授するというスタイルがとられてきた。しかし学生同士がお互いに学び合う多文化間共修の授業では、教師の役割は「知識の伝授者」から「学びを促すファシリテーター」へと変化する。
「多文化間共修の研修をしていたとき、ある先生から『授業の中で、学生にディスカッションをさせると自分が長いこと黙っていることになる。そのことにどうしても罪悪感を覚える』と言われたことがあります。もちろん先生ごとに得意な授業のスタイルがあり、教科によっては伝授型の授業が向いているものもありますので、すべての授業をファシリテーション型(*1)にする必要はありません。しかしファシリテーション型授業では、学生が主体となって思いを相手に届けようと伝え方や表現を工夫したり、相手の思いを受け止めようと想像力を働かせる、その試行錯誤を促す意識が重要です。そのプロセスを経て、学生は少しずつ異文化に対する感受性を育んでいきます」
(*1)ファシリテーション型…対話・参加重視型(対話重視型授業)
小中高での多文化共生・DEI教育の実践
堀江は2017年から7年間、立命館大学の教員として、立命館小学校および立命館中学校・高等学校の校長を務めた。その経験は研究にも新たな視点を加えた。
「大人の入口に立った大学生よりも早い、小中高生の発達段階で、異文化や他者と触れ合い、多様性・公平性・包摂性を理解することがいかに重要か、肌で感じました。子どもたちには、まだ偏見や先入観を固めきっていない柔軟さ、多様性をそのまま受け止める器、そして他者を理解しようという好奇心の種があります。その種を芽吹かせ、育てることには、本当に大きな意義があります」
立命館小学校では、大学からの留学生が訪れるワールドウィークやキャンパスアジア交流授業といった国際交流のプログラムが複数用意されている。また異なる文化的背景を持つ人々との交流を日常に取り入れており、多様な来客が学校見学に訪れることも珍しくない。そうした日々のなかで、堀江は子どもたちの自然な受容力にたびたび感銘を受けたという。
「外国にルーツを持つ子どもたちもたくさんいます。その子たちがクラスでスターになる瞬間を何度も目にしました。例えば韓国や中国出身の親御さんを持つ児童の中には、韓国語や中国語をある程度わかる子がいます。そういう児童が、韓国、中国の留学生たちと話すのを見て、クラスメイトが『すごーい!』と驚き、私たちに誇らしげに紹介してくれることがありました。そんなふうに自分自身のバックグラウンドを強みに、誇りに思える経験を子どものときに得ることはすごく成長に繋がると思うんです」
7年間の校長としての経験をもとに堀江は現在、小学校から大学までの教育機関向けの教材開発やファシリテーターを育成するワークショップを通じて、多文化共生およびDEIのマインドを幼少期から育む教育を日本に広げようとしている。
「このテーマに興味を持つ小中高の先生たちと、異文化理解や多様性をテーマにした小学生向け教材を開発しています。最終的な目標は、全国の学校の道徳教科実践で活用いただくことです。現行の道徳においても、国際理解や他者理解は重要なテーマとして扱われています。しかし、『他者を認めましょう』という趣旨が描かれる中で、無意識に、私たちは受け入れる側、あの人たちは受け入れられる側、といった区分のニュアンスが読み取れてしまうことがあります。そうではなく、本当の多文化共生は、『自分自身も多様性の一部である』という認識から始まるのです。子どもたちには教材を通じて、自然にそうした感性を育んでもらいたいと考えています」
堀江は若手研究者や現場の教員との協働にも力をいれる。
「私の研究の特徴であり強みは、私一人ではなく、チームで動いていることです。他大学の研究仲間だけでなく、立命館学園の附属校の先生方や大学院生、企業の方々と自然発生的にいくつもプロジェクトが立ち上がっており、実践を繰り返しながら教材やワークショップを一緒に作っています」
DEIに対する逆風の中でも貫く信念
一方でここ最近、堀江が懸念しているのが、多様性・公平性・包摂性を意味する「DEI」を取り巻く環境の変化だ。DEIという概念はもともとアメリカで2000年代に提唱され始め、2010年代に世界的に重視されるようになった。以後、多くの企業、団体でDEIの組織的な取り組みが進められてきたが、2025年1月にドナルド・トランプ氏が第47代米国大統領に就任すると、状況は激変する。トランプ政権は就任初日に連邦政府内でのDEIプログラムの全面的な終了を指示し、関連する役職の廃止、連邦博物館やウェブサイトからのDEI関連内容の削除、さらにはDEIに関連する助成金の制限を命じた。アメリカ国内での企業や大学におけるDEIの取り組みにも大きな影響が及んでいる。堀江はこの状況を深く憂慮しつつも、DEIがそもそも目指そうとしていた本質的な部分を改めて深く考察すべき機会だと捉えている。
「アメリカでのDEIへの風当たりは確かに強いです。トランプ政権は『実力主義』を掲げてDEIを否定していますが、そもそも、その『実力』が正当に評価される社会であれば、DEI推進は必要ありません。その『実力』の基準が誰の視点で測られているのか。DEIの本質は、誰にとっても生きやすい社会の構築を目指すことであり、教育学の観点からいえば、多様な人々で構成される社会の意味を理解し、自分のあり方を考えること。教育学だからこそできるアプローチをもって、国内外の仲間たちとしっかり歩みを進めていきたいと思っています」
日本でも近年は「排外主義」の伸長が懸念されるようになっている。しかしそのような状況だからこそ、一人ひとりが異なる人間として尊重される場づくりを、教育現場でこそ実現していくことがますます大切になっていると堀江は強調する。
「どの国の人であれ、大人も子どもも100%の善人もいなければ、100%の悪人もいません。自分の中にも光と影があり、その自分の一部である影とうまく付き合いながら、相手の光と影を受け入れる。それこそが、真の多文化共生だと考えています。子どもたちに学校教育の中で、そのことを伝えるのが今の目標です」
「自分」をより自由に表現するための学び
研究を貫く「異文化と他者との出会いが成長を促す」という思いの背景には、自身が学生時代に経験した中国の南京大学への留学が原点としてある。
「交換留学の枠が空いているから行きませんかと教授に言われて、面白そうだったので何も考えずに、行きます!と即答しました」
留学後、中国語をゼロから学びながら、異国の地で1年間生活する中で、堀江はかつてない「本当の自分でいられる」開放感を覚えたという。
「高校の頃まで『女の子はこうあるべき』といった見えないプレッシャーや『みんなと同じ』を求められる同調圧力に縛られ、もやもやした気持ちを持ちながらも、それを表現できずにいたことに気が付きました。日本では、お互いに空気を読んで本音を言いづらい文化がありますが、当時の中国では自分の意思をはっきり言わないと通じませんでした。自分の意見をはっきりと伝えるようにしたら、理解してもらえるし、欲しいものも手に入るし、はっきりものを言っても人間関係が壊れないことを体験し、それがとても面白かったんです」
帰国後も、ナイジェリアやミャンマーなど、様々な国から日本に来た留学生たちと出会い、「国に帰ったら自国の発展に貢献する」と当たり前のように言うことにも刺激を受けた。異文化を知り、自分と異なるバックグラウンドを持つ他者と交わることで、自分を新たな観点から捉え直し、より自由に自分を表現できるようになる。そして、より多くの選択肢から自分の居場所を探すこともできる。そのことの価値を、堀江は一人でも多くの子どもたちに伝えたいと願っている。