テラヘルツ光がガラスを通りにくくなる現象を説明するモデルを構築
携帯電話などに使われるギガヘルツ帯の電磁波はガラスを透過しますが、テラヘルツ帯では、ある周波数を超えると透過しにくくなります。立命館大学理工学部の是枝聡肇教授が参加する本研究では、この現象を説明するための、ガラス内部の弾性と原子・分子スケールで生じる電荷のゆらぎを考慮した新しいモデルを構築しました。
このモデルをグリセロールガラスに適用したところ、テラヘルツ帯の誘電率と誘電損失を同時に再現することに成功しました。また、その誘電応答を主に担うのが、ガラス内部の横波的なせん断ダイナミクス(構造の変化や動き)であることを示しました。
本成果は、テラヘルツ光の吸収とガラス内部の電荷のゆらぎを、物質固有の力学情報に基づいて定量的に結びつける枠組みであり、低誘電率・低誘電損失ガラスの評価と設計への展開が期待されます。
研究代表者
- 筑波大学 数理物質系 物質工学域 森 龍也 助教
- 東京大学 大学院総合文化研究科 水野 英如 助教
- 大阪大学 先導的学際研究機構 藤井 康裕 特任准教授(常勤)
- 立命館大学 理工学部 物理科学科 是枝 聡肇 教授
研究の背景
携帯電話などに使われるギガヘルツ(GHz)帯の電磁波は、一般的な窓ガラスを比較的よく通ります。ところが、より周波数の高いテラヘルツ(THz)帯(電波と赤外光の間に位置する領域)の電磁波(テラヘルツ光注1))は、ガラスを通りにくくなります。つまり、GHz帯の電波を通す窓ガラスが、テラヘルツ光には不透明になるのです。
多くのガラスでは、このような電磁波の透過率減少が、「ボゾンピーク注2)」と呼ばれる特定の周波数域から顕著になります。ボゾンピークは、ガラスに普遍的に現れる過剰な低周波振動で、シリカガラスでは、約1THzのボゾンピーク周波数域から透過率が大きく低下します(図1)。テラヘルツ光は次世代の超高速無線通信やセンシングへの利用が期待されており、この透過率低下の仕組みを理解することは、低誘電率・低誘電損失の窓材や基板材料の開発に重要です。
物質の誘電応答は、複素誘電関数注3)で表されます。その実部は電場に対する分極の応答を、虚部は光の吸収に対応するエネルギー損失を表します。ところが、ガラスのテラヘルツ誘電応答は、ボゾンピークより低周波側では共鳴振動に近い振る舞いを示す一方、高周波側では幅広い緩和応答に近づきます。従来のモデルはこれらのいずれかの挙動のみを扱っており、周波数帯の変化に伴う「共鳴型から緩和型へのクロスオーバー」を表すことはできませんでした。
このクロスオーバーを理解するには、ガラスがどのように振動するかという力学情報と、テラヘルツ光がその振動とどのように結びつくかを一つの枠組みで扱い、誘電率と誘電損失を同時に説明するモデルを確立する必要があります。
図1 シリカガラス(SiO2、厚さ5mm)のテラヘルツ帯透過率(上)と、振動状態密度g(ν)/ν²で表したボゾンピーク(下)。緑色の破線は、約1THzのボゾンピーク周波数を示す。シリカガラスでは、ボゾンピークが現れる周波数域で透過率が大きく低下する。なお、透過率の絶対値と低下の程度は、ガラスの種類や厚さによって異なる。振動状態密度データ(下)は、A.Wischnewski et al.,Phys.Rev.B57,2663‒2666(1998)より引用。
詳細は、以下のプレスリリースをご覧ください。
https://www.ritsumei.ac.jp/profile/pressrelease_detail/?id=1328
是枝教授のコメント
当研究グループが得意とする光散乱という測定方法で「ボゾンピーク」を観測し、本研究に参加しました。研究の技術を高く持っていれば、一見地道な研究でも、その積み重ねが大変重要な研究成果につながることがよくあります。今後もこの測定技術を生かしてさまざまな物質の振動エネルギー状態の解明を目指します。
用語説明
- 注1) テラヘルツ光、テラヘルツ帯:テラヘルツ(THz)光はおよそ0.1~10THzの周波数を持つ電磁波で、電波と赤外光の間に位置する。次世代の高速無線通信、非破壊検査、センシングなどへの応用が期待されている。1THzは10¹² Hz。
- 注2) ボゾンピーク:ガラスやアモルファス物質に普遍的に現れる、テラヘルツ帯の過剰な振動状態。実験では、振動状態密度g(ν)を周波数νの二乗で割ったg(ν)/ν²にピークとして現れる。ガラスの低温熱物性、力学特性、テラヘルツ光吸収に関係するが、その微視的起源には未解明な点が残されている。
- 注3) 複素誘電関数:交流電場に対する物質の応答を表す周波数依存の関数。実部ε′(ν)は主として分極の応答を、虚部ε″(ν)は電磁波の吸収に対応するエネルギー損失を表す。



