研究拠点Ⅲ 生産年齢人口減の克服記号創発システム科学創成:実世界人工知能と
次世代共生社会の学術融合研究拠点

「AI」、「人工知能」という言葉が社会を席巻しています。しかし、そうした人工知能技術によって、まもなく「実世界で人間と相互作用しながら知識を獲得しコミュニケーションするロボット」が実現しそうなのかと言えば、そうではありません。本プロジェクトでは、既存の人工知能技術とは一線を画するアプローチで、実世界人工知能が人間の生活空間で活動し、人間との次世代共生社会を実現することを目指します。その道しるべとなるのが、「記号創発システム」です。

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※2024年度よりプロジェクトリーダーがサトウタツヤ教授に変更になりました。谷口教授は引き続き、サブプロジェクトリーダーとしてプロジェクトの継続をサポートいたします。

躍進する人工知能技術が、なお残す2つの課題に
他とは一線を画するアプローチで挑む。

2010年代初頭以降、深層学習(ディープラーニング)の発展に後押しされて、「人工知能」という言葉が社会を席巻。言語処理、音声認識、文章生成といった技術が飛躍的に進化し、大きな社会的インパクトを与えています。
それにもかかわらず、実世界に適応し生活空間において人間とのコミュニケーションを通して行動し続けるサービスロボットは、いまだ作られていません。それは「実世界人工知能の未成熟」というべき課題です。また、人工知能技術を、人間の文化的・心理的側面まで考慮してダイバーシティ社会の深化に活かすこともできていません。そちらは「次世代共生社会の未発達」とも呼べる課題です。
これら2つの課題に共通しているのは、「人工知能は、人間の“意味の次元”に到達できるのか」という問いです。人間の認知や言語活動は、実世界において、マルチモーダル情報と文化的文脈に基づいて意味を持つ存在であり、コンピュータの中の人工知能がいくらデータを集めても到達できない領域にあるのです。
そうした人間の認知や言語活動に、他に類を見ないアプローチで迫ろうとするのが、サブプロジェクトリーダーの谷口が提唱し、研究し続けてきた「記号創発システム論」です。記号創発システム論が着目するのは、人間の赤ちゃんが言語すなわち記号に触れ、他者とのコミュニケーションや環境との相互作用を通じて、概念や言語の意味、文化・慣習などを含めたローカルな文脈やあいまいな表現をボトムアップで理解していく、創発的な概念・言語獲得のプロセスです。人間の記号創発システムの設計図を手に入れることができれば、既存の人工知能の限界を超え、実世界で自ら概念や言語を獲得する人工知能を創り出すことが可能になります。そして、人間と人工知能がともに構成要素となる記号創発システムが実現すれば、次世代共生社会の深化も進展するはずです。

そこで本プロジェクトでは、3つの研究目標を掲げ、取り組みを進めています。まず1つめは、人間と生活空間でマルチモーダル情報に基づき相互作用することを通して知識を獲得し、文脈や習慣を考慮した上で人間を支援できる、「実世界人工知能」(サービスロボット)の技術開発。2つめは、AI/DX活用の次世代メディアを使った、ダイバーシティ社会の深化に向けた「次世代共生環境デザイン」の人文科学的研究。そして3つめが、それぞれの基盤となる学術理論を深い次元で統合する、文理融合の新しい「学術融合研究拠点」の構築です。

情報理工系による実世界人工知能研究と
人文科学系による次世代共生環境研究を融合する。

本プロジェクトは、情報理工学系のグループ1〜3、人文社会学系のグループ4、5から構成される学際的な研究拠点です。 グループ1は、島田がリーダーを務め、記号創発システム研究の軸となります。
実世界人工知能が、私たちの生活空間で活動し、人間との次世代共生社会を実現するためには、文脈や習慣、文化と関係した「意味の次元」で、私たち人間の活動と相互浸透をする必要があります。このためには、実世界人工知能が、マルチモーダル情報に基づく環境認識と、文脈や習慣、文化の影響を受けた記号系の学習をしていくことが求められます。本グループは、その実現に向け、2つのチームを構成して研究活動をおこないます。
チーム1では、「人間とロボットが、タスクと協調に必要な記号システムを共に創っていく」ことを目指し、記号創発システムに基づく人間とロボットの共創的学習の基盤を創成します。また、実世界人工知能が言語を理解・使用するために、視覚や聴覚、触覚などのモダリティ情報を統合し、意志決定と運動制御を組み合わせた認知アーキテクチャと世界モデルを創成します。
チーム2では、サービスロボットのための、人間の習慣・文化を考慮した言語理解技術、サービス環境で記号的知識を獲得し適応し続けるための知能化技術の開発を進めます。さらに、従来のロボット開発プラットフォーム(ROS)に加え、新たな開発フレームワークとして、記号的知識の学習を扱うことのできるソフトウェア基盤も開発します。
本グループは、プロジェクトの統合も担います。記号創発システムの理論を深化させ、グループ4、5で得られた成果と融合させて新たな学術理論創成を図るとともに、各グループで得られた人工知能技術をサービスロボティクスへ技術統合することも主導します。

記号創発システムに基づく実世界人工知能の研究には、多国籍の研究者が集結し、ディスカッションを重ねる。

記号創発システムに基づく実世界人工知能の研究には、多国籍の研究者が集結し、ディスカッションを重ねる。

グループ2は、空間知能化を専門とする李がリーダーを務め、人の居住空間で活動するサービスロボットの実現を目指します。
サービスロボットは、コンピューターの中のAIとは異なり、身体を持ち、実世界で活動することに価値があります。その実現に向けて、まず、空間を、人の動きを中心とした動的空間として観察して分析する知能を開発します。次に、その空間情報分析に基づいて、空間内にいる人に適切な情報的支援、物理的支援を行うための制御技術や支援シナリオを研究開発します。
また、人の居住空間では、人が行動することに加え、家具やモノの配置も変化します。そうした、ローカルで一時的な情報も獲得して適応できるよう、サービスロボットに整理整頓をさせる手順を生成するなど、人と空間に働きかけるロボティクス技術の開発を進めます。

居住空間を想定した実験室にて。サービスロボットが、雑多なモノが置いてあるローカルな情報に適応して生活支援を行うための研究を進める。

居住空間を想定した実験室にて。サービスロボットが、雑多なモノが置いてあるローカルな情報に適応して生活支援を行うための研究を進める。

グループ3は、音響工学を専門とする西浦がリーダーを務め、次世代共生社会における人とロボットのコミュニケーションの課題に、「音」から切り込みます。
アプローチは、音響技術と心理の2面から行います。まず、音響技術からは、人間の口を超えるピンスポット情報伝達、人間の耳を超えるピンスポット音環境理解、さらに、物体の振動から音波を抽出するビジュアルマイクロホンを用いた次世代ロボット聴覚の研究開発をおこないます。これらにより、ロボットと口と耳に関して、人間を超える能力の獲得を目指します。
心理面からは、視覚におけるピクトグラムのように、行動変容を誘発することのできるサウンドデザインとして「音ピクトグラム」を創造し、世界標準化を目指します。実現すれば、人とロボットの円滑なコミュニケーションの助けとなるはずです。また、聴覚メカニズムに基づいた音質評価モデルを研究し、言葉を介さずに音という記号によってロボットから人へのコミュニケーションを実現することにも挑みます。
このように、音について、「音響×心理プラットフォーム」を構築。次世代共生社会に向けた音コミュニケーション技術の確立を目指します。

実世界で人とロボットがピンスポットで情報伝達が可能になるよう、超志向性音響技術を用いて、研究を進める。

実世界で人とロボットがピンスポットで情報伝達が可能になるよう、超志向性音響技術を用いて、研究を進める。

グループ4は、文化心理学を専門とする安田がリーダーを務め、AI/DXを活用した高度なライフキャリアカウンセリングの実現に挑みます。
カウンセリングにおける相談は千差万別で一つとして同じものがなく、AI/DXとは相容れないと思われがちです。人の文化的・習慣的行為のあり方と、現在のAI研究における情報観には溝があり、そのことは人工知能技術をダイバーシティ社会に活用できていない原因になっています。そうした状況を変えられる可能性を持つのが、記号論的文化心理学です。
安田が研究してきた「TEA」(複線径路等至性アプローチ)とは、「人間は、歴史的・文化的・社会的影響を受けて、異なる人生や発達の径路を歩みながらも類似の結果にたどり着く」ことを示す等至性の概念に基づいた質的研究方法論です。人と人、人とAIのコミュニケーションは、どちらも「記号による調整」だととらえると、カウンセリングにおける相談とは、適切な文脈探求に基づく記号の創出だと考えられ、AI/DXを活用した「人生複線径路カウンセリング」の構築が可能となります。
本グループでは、育児中の母親や留学生のライフ・キャリアにおける悩みごとの事例を収集し、TEAによって分析・可視化することによって、カウンセリング的な応答を可能にするシステムの構築を目指します。さらに、そうした研究をもとに、記号論的文化心理学と記号創発システム論を融合させ、新たな学術理論を生み出すことにも寄与します。

「TEA」の中心となる「複線径路・等至性モデリング (TEM)」の概念。 人生には分岐点があり、複線の径路を経るが、歴史・文化・社会の影響を受け、いくつかの等至点に収束していく。こうした記号論的文化心理学の理論は、記号創発システム論と通底する。

「TEA」の中心となる「複線径路・等至性モデリング (TEM)」の概念。 人生には分岐点があり、複線の径路を経るが、歴史・文化・社会の影響を受け、いくつかの等至点に収束していく。こうした記号論的文化心理学の理論は、記号創発システム論と通底する。

グループ5は、応用言語学・言語哲学を専門とする山中がリーダーを務めます。
近年、AI/DXによる音声認識、翻訳・校正、自動要約などが急速に社会に浸透しています。その意味で言語教育はAI/DXのフロンティアにいると言えますが、言語教育におけるそうした次世代メディア活用は限定的にとどまっています。そこで本グループは、記号創発システム科学を援用して、次世代の大学英語教育のモデルを実践・提示することを大きな目的とします。
グループメンバーらは、立命館大学の英語教育において、「プロジェクト発信型英語プログラム(PEP)」を推進しています。それは、人間が自身の身体性や与えられた能力を駆使して逞しく実世界で生き抜くというプラグマティックな言語観に立脚した、マルチモーダル言語教育です。本グループでは、次世代メディアとゲーミフィケーションを活用し、マルチモーダル言語教育としてのPEPを発展させるとともに、理論基盤の深化や教育方法の改善をもって、PEPの高度化を図ります。また、グループ1と積極的な相互作用を持ち、英語教育におけるAI/DXの積極的活用の技術的可能性と限界について研究を進めます。
さらに、こうした人を対象とした研究による成果を、他グループでの実世界人工知能研究へフィードバックすることや、新たな学術理論の創出に理論的視座を提供することを目指します。

「プロジェクト発信型英語プログラム(PEP)」では、学生が自分のテーマを研究し、その内容を英語で発信する。

「プロジェクト発信型英語プログラム(PEP)」では、学生が自分のテーマを研究し、その内容を英語で発信する。

新学術領域「記号創発システム科学」を創成し、
実世界人工知能と、次世代共生社会の実現へ。

各グループの紹介で触れてきたように、本プロジェクトでは、記号創発システム論を媒介として、情報工学と人文科学の結集が生まれます。
谷口が15年以上にわたって展開してきた記号創発システム論と、グループ4の安田らが展開してきたTEAによる記号論的文化心理学の理論は、学術的背景を共有しています。また、グループ5の山中らが推進しているブラグマティズムに基づく言語哲学は、谷口によるロボットのマルチモーダルな言語獲得の研究、グループ4の記号論的文化心理学と通底しています。本プロジェクトは、これまで本格的な学術的交流のなかった記号創発システム論、文化心理学、言語哲学の3つの思想を融合させるという野心的な試みです。
本プロジェクトの、実世界人工知能と、次世代共生環境デザインの研究が進展し、それら学術分野の融合がなったとき、記号創発システム論は、新たな学術領域「記号創発システム科学」として創成されます。人工知能の研究では、アメリカのIT企業や大学が牽引する形で激しい世界的競争が行われていますが、限られたモダリティでタスク思考のものがほとんどです。そうした中、「記号創発システム科学」は、統合的な知能として、身体を持つロボットの空間知能化に着目し、音響技術や言語処理などを統合的に扱い、実世界で動作し続ける人工知能の創成を目指すという点で、世界的にもユニークで先進的な学術領域となります。
さらに本プロジェクトでは、理論的深化だけではなく、実践も重視し、その成果をOIC(大阪いばらきキャンパス)新棟に開設される「見せる試せるラボ」での実装や、プロジェクト発信型英語教育、学生支援カウンセリングなどへのオンキャンパス実装、さらには2025年の「大阪・関西万博」におけるサービスロボットのデモンストレーションなどにつなげていきます。

本プロジェクトは、人間と共生できる実世界人工知能を生み出すとともに、生まれた人工技能技術を柔軟に受けとめてカウンセリングや学習に活用することで次世代共生社会を育んでいくことを目指します。そして、そのような人工知能が完成したとき、その設計図は、人間の知能を理解するためにも大きな役割を果たすに違いありません。

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