平面性とかさ高さの“マリアージュ”によって静電反発を克服する ~同種電荷種の規則配列を利用した電気伝導性材料の創製~
立命館大学生命科学部の前田大光教授らの研究チームは、京都大学、北里大学、東北大学、物質・材料研究機構、愛媛大学、信州大学と共同で、拡張したπ電子系※1を有するベンゾポルフィリンAuIII錯体をカチオンとしたイオンペア※2を新たに合成し、かさ高い対アニオンとの組み合わせによる擬多形※3集合体の形成および電気伝導性の発現に成功しました。本研究成果は、2025年2月19日(現地時間)に、英国王立化学会誌「Chemical Science」に掲載されました。
【本件のポイント】
- π電子系を拡張したベンゾポルフィリンAuIII錯体をカチオンとしたイオンペアの合成に成功
- かさ高い対アニオンの導入によって拡張π 電子系の溶解性を向上
- 荷電π電子系間の静電反発を克服した同種電荷種の積層化を実現
- 結晶と低結晶性状態の擬多形集合体を形成
- π電子系カチオンの積層化に起因した電気伝導性を発現
研究成果の概要
近年、さまざまなπ電子系の合成と集合化技術の開発によって、多彩な電子・光物性を示す材料の創製が検討されています。一方、電荷を有するπ電子系(荷電π電子系)を用いた機能性材料の創製は端緒についたばかりであり、とくに同種電荷種の積層構造を有する集合体(電荷種分離配置型集合体※4)の形成は容易ではなく、報告例は限られていました。研究チームは、平面構造を拡張したπ電子系カチオンとしてベンゾポルフィリンAuIII錯体に適切な対アニオンを導入した高溶解性イオンペアを新たに合成し、固体状態においてπ電子系カチオンの積層構造からなる電荷種分離配置型集合体の形成を解明しました。また、かさ高い対アニオンとのイオンペアでは低結晶性状態からなる擬多形集合化を実現しました。これらの電荷種分離配置型集合体はπ電子系カチオンの積層構造に起因した電気伝導性を示すことを、実験および理論計算による検証から明らかにしました。本研究は分散力※5向上を利用した同種電荷種の積層化とその電気伝導性を見出したはじめての例であり、荷電π電子系を基盤とした材料創製への応用手法の提案として期待されます。本研究は科学研究費補助金および立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)※6などの支援によって実施されました。
研究の背景
同じ電荷を有するπ電子系の積層構造からなる集合体は電気伝導性を示すことが期待されます。しかし、同種電荷種間にはたらく静電反発によって積層が阻害されるため、集合化は容易ではないことから、集合体が示す構造や機能の解明は限られていました。このため、同種電荷種を規則配列する手法の開発、ならびに電荷種分離配置型集合体の機能探索が課題として挙げられていました(図1a)。過去に研究チームは双極子–双極子相互作用を用いた同電荷を有するπ電子系の積層化に成功し、分子間相互作用の利用が集合化において重要であることを見出していました。一方、平面構造を拡張したπ電子系分子は溶解性が低いことが一般的に知られており、材料の形成加工における障壁となります。このような背景をふまえ、同種電荷種の規則配列に起因する電子物性の発現のために、電荷を有する拡張π電子系の創製が必要とされていました(図1b)。
図1 (a)電荷種分離配置型集合体の概念図および(b)電荷を有する拡張π電子系の集合体
研究の内容
本研究では、拡張π電子系を有するベンゾポルフィリンAuIII 錯体カチオン(BPAu+)を新たに合成し、 かさ高いFABA-をはじめとした対アニオンを導入したイオンペアを創製しました(図2a)。ベンゾポルフィリンは一般的にきわめて低い溶解性を示すのと対照的に、かさ高い対アニオンに起因し、BPAu+イオンペアは一般的な有機溶媒に高い溶解性を示します(図2b)。このことは、溶液プロセス※7を用いたBPAu+イオンペアの材料化への展開の可能性を示しており、拡張π電子系を基盤とする機能性材料創製手法の提示に繋がりました。
図2(a)ベンゾポルフィリンAuIII錯体BPAu+-FABA-の構造式;(b)BPAu+-FABA-のジメチルスルホキシド溶液の紫外・可視吸収スペクトルおよび溶液の写真
拡張π電子系カチオン(BPAu+)イオンペアは結晶状態において拡張π電子系カチオンが3.29Åの距離で積層した電荷種分離配置型集合体を形成することを単結晶X線構造解析※8から明らかにしました(図3a)。拡張π電子系カチオンの積層構造は単結晶の長軸方向に形成されていることも分かりました。かさ高いアニオンに加え、平面状アニオンとのイオンペアにおいても電荷種分離配置型集合体を形成することから、拡張π電子系カチオンの積層構造の安定性が示唆されました。また、理論計算を用いた相互作用エネルギー分割解析※9から、拡張π電子系カチオンの積層化には分散力が大きく寄与し、静電反発を克服することが分かりました。
図3(a)BPAu+-FABA-の単結晶の写真および結晶構造(左:パッキング、右:積層構造)および(b)低結晶性状態のBPAu+-FABA-およびMDシミュレーション
BPAu+-FABA-イオンペアは単結晶作成時と異なる溶媒条件によって擬多形からなる沈殿を与えました(図3b写真)。擬多形のX線回折(XRD)測定による構造解析から、拡張π電子系カチオンの積層構造を基本としたヘキサゴナルカラムナー構造を形成し、拡張π電子系カチオンは3.4Åの距離で積層することが分かりました。すなわち、拡張π電子系カチオンが積層した柱状構造の周囲にかさ高いアニオンが配置した構造が形成され、イオンペアの密な集合化が困難であるため低結晶性状態となることが考えられました。このことは、分子動力学(MD)シュミレーション(図3b)※10および固体NMRからも支持され、カチオンとアニオンの形状が大きく異なるイオンペアの特徴的な集合化挙動として理解できます。本研究で創製した単結晶および低結晶性集合体は、拡張π電子系カチオンの積層構造に起因した電子物性として電気伝導性を示すことも明らかにしました。
社会的な意義
難溶性π電子系の可溶化にはしばしば溶解性置換基の導入が行われますが、本研究では電荷導入と共存する対イオンの形状選択によって溶解性の向上を実現しました。さらに、拡張したπ電子系にはたらく分散力を利用することで、静電反発を克服した電荷種分離配置型集合体の形成手法を開拓しました。本研究で提示した分子設計・集合化戦略を応用することで、電荷種分離配置型集合体を基盤とした電子・光機能性材料が創製され、半導体をはじめとする有機エレクトロニクスへの展開が期待されます。
論文情報
- 論文名: Electrically conductive charge-segregated pseudo-polymorphs comprising highly planar expanded π-electronic cation
- 著者: Yohei Haketa, Ryoya Nakajima, Yuto Maruyama, Hiroki Tanaka, Wookjin Choi, Shu Seki, Shunsuke Sato, Hitomi Baba, Yoshiki Ishii, Go Watanabe, Kirill Bulgarevich, Kazuo Takimiya, Kenzo Deguchi, Shinobu Ohki, Kenjiro Hashi, Takashi Nakanishi, Yukihide Ishibashi, Tsuyoshi Asahi, Kazuchika Ohta, and Hiromitsu Maeda
- 発表雑誌: Chemical Science
- 掲載日:2025年2月19日(現地時間)
- DOI: 10.1039/d4sc07576e
- URL: https://doi.org/10.1039/d4sc07576e
用語説明
- ※1.π電子系:二重結合などを有する分子。分子構造によっては可視光を吸収し、色素となる。
- ※2.イオンペア:アニオンとカチオンの対からなる化学種。
- ※3.擬多形:同じ分子が異なる溶媒を取り込むことで形成した構造が異なる集合体。
- ※4.電荷種分離配置型集合体:同種電荷種が積層配列した構造を基本とした集合化形態。
- ※5.分散力:電子分布の偏りにより発生する瞬間的な双極子によって生じる力。
- ※6.立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO):立命館大学の中核研究組織として、2008年4月に設立された分野横断型の研究組織。
- ※7.溶液プロセス:分子の溶液を塗布することで膜を形成する手法。有機半導体デバイスの低コスト・大面積作製のための簡便作製法としても注目される。
- ※8.単結晶X線構造解析:単結晶にX 線ビームを照射することで得られる回折像から結晶中の電子分布を計算し、分子の構造を決定する手法。
- ※9.相互作用エネルギー分割解析:分子間にはたらく全エネルギーを分割し解析する方法。評価する基本相互作用には、静電力、誘起力、分散力、交換反発、電荷移動力がある。
- ※10. 分子動力学シミュレーション:原子一つ一つにかかる力を計算することにより、ニュートンの運動方程式に従って粒子の位置を時間発展させる手法。