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  • ISSUE 24:
  • いのち輝く

大腿部の拮抗二関節筋が着地動作に果たす役割とは?

ロボット工学とバイオメカニクスの観点から歩行・走行運動のメカニズムを解明する

万野 真伸理工学部 助教

ヒトの腕や脚には、二関節筋という大きな筋が存在する。万野真伸は、この二関節筋が運動機能に与える影響について研究している。大腿部の筋配列を再現したロボットモデルを用いて、二関節筋の機構によって安定した着地動作を行えることを明らかにした。

スムーズな歩行に関わる二関節筋の働きとは?

ヒトが何気なく行っている「歩く」という行為は、非常に複雑な動きの連続で成り立っている極めて高度な動作だ。それはヒト型ロボットを二足歩行させる難しさを見れば、納得できるだろう。ヒトの神経伝達速度は、コンピュータの情報処理速度に比べて圧倒的に遅いにも関わらず、ヒトはなぜ、ロボットには困難な二足歩行を遂行できるのだろうか。

万野真伸は筋肉に着目し、ロボット工学とバイオメカニクスの観点からこの問いの答えを探っている。焦点を当てているのが、着地動作の際の大腿部の二関節筋の働きだ。万野によると、脚には一つの関節をまたぐようについている一関節筋の他に、二つ関節をまたぐ二関節筋がついている。股関節と膝関節をまたぐ大腿直筋やハムストリングス、膝関節と足関節をまたぐ腓腹筋などがこれにあたる。「二関節筋は、一つの動作に対して協調的でもあり、かつ阻害する要素もあるといった、一見矛盾した活動をします。例えば下肢を伸ばす時、大腿直筋は、膝関節が伸びる方向に回転する(伸展トルク)動作には協調的に働きますが、股関節を伸ばす動作には、反発するよう(拮抗的)に働きます。そのためこれまで二関節筋は、冗長な機構と考えられてきました」。しかし進化の過程を経て、現在もなおヒトをはじめ動物全般が二関節筋を有している。「それは、二関節筋が運動制御に重要な役割を担っているからに他なりません。その機能を突き止めたい」と語る。

ヒトの足趾着地実験で大腿部の二関節筋の活動を測定

「着地」は、歩行・走行の連続動作を支える重要な動作だ。万野は先行研究から「着地動作には下肢独自の機構特性があり、これに二関節筋が関わっているのではないか」と考えた。それを確かめるため、ヒトを対象に足趾着地実験を実施した。

成人男性7名の被験者に、懸垂状態から落下距離20cmでつま先から着地するように降りてもらい、両脚で足趾着地した際の大腿直筋(Rf)とハムストリングス(Hm)、内側広筋(Vm)、大臀筋(Gm)、腓腹筋外側頭(Gs)の筋電位、床反力、姿勢を測定した。その結果、足先が床に着く直前から顕著な筋活動が見られたのが、内側広筋(Vm)と大腿直筋(Rf)、腓腹筋外側頭(Gs)だった。中でも万野が注目したのが、大腿部の前面と後面にある大腿直筋(Rf)とハムストリングス(Hm)という拮抗二関節筋ペアの筋活動だ。「内側広筋と大腿直筋、腓腹筋外側頭の筋活動は、着地して膝関節が最も屈曲する時まで維持され、その後、膝関節が伸展するのに伴って内側広筋と大腿直筋の活動が減少し、代わってハムストリングスの活動が増加していることがわかりました。これは着地動作の際に、大腿直筋とハムストリングスの拮抗二関節筋ペアと大腿骨が平行リンクを構成し、それを保持するためにこのペア間で活動の切り替えを行ったと考えられます」。平行リンクとは、平行四辺形の4節リンクで、常に平行を維持したまま形を変えられる。着地動作における大腿部の拮抗二関節筋ペアの活動の切り替わりは、このリンク間を保持するための内力(平行リンク化)であると推察された。

また腓腹筋外側頭では、着地の瞬間から立位姿勢になるまで継続して筋活動が確認された。これは下肢下腿部の平行リンク化によって、自動的に床反力を重心へ向ける機能が働いているからだという。これらから「足趾着地動作は、力で制御するのではなく、二関節筋ペアによる平行リンク機構だけで成り立っていると考えられます」と考察した。

着地動作における大腿部の拮抗二関節筋ペアの機能

ロボットモデルを用いて足趾着地動作を再現

さらに万野は、ヒトの足趾着地動作を再現する実機モデルを作製し、検証を行った。ワイヤで大腿直筋とハムストリングスによる平行リンク機構を再現。また膝関節の第一関節に相当する駆動源には圧縮バネ、腓腹筋に相当する部位にはロッドを装備した。このロボットレッグを用いて、足趾先端から床までの距離を20cmとし、外力を加えないように配慮して落下させた。「その結果、膝関節の一関節筋の伸展トルクを発生させるだけで、下腿部の腓腹筋に相当する平行リンクと、大腿直筋とハムストリングスに相当する平行リンクによって、制御系には負荷をかけず、自動的に大腿部の二関節筋のワイヤの張力を調整し、ヒトのような足趾着地が可能であることが分かりました」。以上からも、大腿部の拮抗二関節筋ペアと下腿部の二関節筋の平行リンク機構によって、安定した姿勢での着地が可能であることが明らかになった。

「最終的には、歩行・走行運動のメカニズムの解明を目指したい」と万野。「それが明らかになれば、例えば病気やケガで筋肉を切除しなければならない時、どの部位をどの程度切除するとどの運動機能が失われるのかを事前に予測することができるようになります。あるいは、アスリートに対する効果的な筋肉のトレーニング方法や、子どもに対する走り方教示法・ツールの開発にも生かせるかもしれません」。今後、研究成果の社会実装も視野に、さらなる研究に取り組んでいく。

万野 真伸MANNO Masanobu

理工学部 助教
研究テーマ

生体機構応用したロボット開発、二関節筋に着目した運動解析

専門分野

生体医工学、バイオメカニクス