簡易かつ低環境負荷なフレキシブル透明電極の製造技術を開発 ~オプトエレクトロニクス産業への応用に期待~

 立命館大学大学院理工学研究科博士後期課程1回生の辻淳喜さん、同大理工学部小林大造教授、村田順二教授らの研究グループは、簡易かつ低環境負荷な微細加工技術を用いた銅のフレキシブル透明電極の開発に成功しました。本研究成果は、2025年2月27日(木)に、米国化学誌の「ACS Applied Materials & Interfaces」に掲載されました。

【本件のポイント】

  • 化学薬品を一切必要としない簡易な低温プロセスにより銅のマイクロ・ナノパターンを形成
  • 太陽電池やディスプレイ、タッチスクリーン、LEDなどへの応用に期待
  • 一つの材料で繰り返し加工ができる持続可能な加工技術

研究成果の概要

 フレキシブル透明電極は、太陽電池、ディスプレイ、タッチスクリーン、LEDなどのオプトエレクトロニクスデバイスに不可欠な構成要素です。従来よく用いられているITO※1などの酸化物系透明電極は脆く、変形への耐久性に課題があるため、微細な金属ワイヤやパターンの利用によるフレキシブル透明電極が広く研究されています。しかし、従来のパターン形成技術は高価な装置や化学薬品を必要とし、工程が複雑であるため、コストや環境負荷の面で課題となっています。本研究では、高分子電解質膜(PEM)※2を用いた簡易かつ低環境負荷な新規パターン形成技術を着想しました。柔らかく透明なポリエチレンテレフタレート(PET)基板上に予め形成した銅薄膜の表面に微細な凹凸構造を有する“PEMスタンプ”を押し当て、接触部のみで局所的な電気化学反応※3を誘起することで、ナノスケールの銅パターンを直接形成することを可能にしました。本技術により形成された銅パターンを応用したフレキシブル透明電極は、柔軟性、導電性、光透過性を保持していることが確認され、オプトエレクトロニクスデバイスへの応用が期待できます。また、本技術に用いるPEMスタンプは繰り返し利用が可能であり、大面積基板への適用や連続プロセスへの展開を含めた産業レベルでの活用が期待されます。

研究の背景

 太陽電池、ディスプレイ、タッチスクリーン、LEDなどのオプトエレクトロニクスデバイスにおいて、銅のパターンを利用したフレキシブル透明電極は、電気・光学的特性の最適化、製造コスト削減、エネルギー効率向上の観点から重要な役割を果たします。従来、銅の微細パターン形成にはフォトリソグラフィ※4などが用いられていますが、フォトレジスト※5や化学薬品、特殊な装置を必要とするため、加工プロセスが複雑であり、高コスト化や環境負荷の増大が課題となっています。そのため、低コスト・低環境負荷であり、簡易にマイクロおよびナノスケールのパターンをダイレクトに形成できる加工技術が求められています。

研究の内容

 本研究では、PEMを用いた新規低温加工プロセスにより、フレキシブルなPET基板上の銅に微細なパターンをダイレクトに形成することに着想しました。本技術では、微細な凹凸パターンを有する“PEMスタンプ”を用い、パターン面が銅と接触するように対向電極で挟んだ電気化学システム(対向電極(陰極)/PEMスタンプ/銅(陽極))を構築し、電圧を印加します。これにより、銅とPEMの接触点でのみ局所的な電気化学反応が発生し、銅が選択的に溶解します。結果として、スタンプを押すように銅表面に微細なパターンを形成することが可能となります(図1上図)。溶解した銅は銅イオンとなってPEM中を移動し、対向電極(陰極)側へ輸送されます。PET基板上に形成された銅の微細配線パターンは、フレキシブル透明電極として機能し、以下の特性を示しました(図1下図)。

  • 柔軟性:基板の曲げや変形に対応可能
  • 光透過性:ディスプレイ上に配置した際に文字が透過して見える
  • 電気伝導性:曲げてもLEDを正常に点灯可能

図1
図1(上)PEMスタンプを用いた銅の微細パターンの形成。(下)形成された銅のフレキシブル透明電極

 また、本技術に使用するPEMスタンプは繰り返し利用が可能であり、長期間の使用が可能です。ただし、図2のように、PEMスタンプを使用し続けると加工性能が劣化することが確認されました。そこで、本研究では簡易的な再生処理を開発し、スタンプの加工性能を回復できることを実証しました。この再生処理では、電圧の極性を逆にすることで、PEMスタンプ内に蓄積した銅イオンを他の基板上に析出・排出し、化学薬品を用いることなくPEMスタンプを再利用可能にします。この特性により、本加工技術は繰り返し利用が可能であり、大面積基板への適用や連続プロセスへの応用が期待されます。

図2
図2 PEMスタンプの劣化および再生処理による銅パターンの加工性能への影響

社会的な意義

 銅のマイクロおよびナノパターンは、オプトエレクトロニクス産業をはじめとするさまざまな分野で応用されています。しかし、従来の加工技術では、高価な加工コストや環境負荷の高さが課題となっています。本研究では、PEMを用いた新規加工法により、レジストや化学薬品、特殊な装置を一切使用せずに、ダイレクトに高分解能な銅パターンを形成することを可能にしました。これにより、従来技術と比較して、大幅なコスト削減と環境負荷の低減が期待されます。さらに、本技術によって形成された銅のフレキシブル透明電極は、太陽電池、ディスプレイ、タッチスクリーン、LEDなどのオプトエレクトロニクスデバイスにおいて実用性を有し、多様な応用が期待されます。加えて、PEMスタンプは再生処理によって繰り返し利用が可能であり、持続可能な加工技術としての優位性を備えています。この特性は、産業界への導入を促進し、環境負荷を低減する重要な要素となります。本技術は、オプトエレクトロニクスデバイス製造プロセスの省エネルギー化と環境負荷低減に貢献し、持続可能なものづくりを実現する重要なステップとなることが期待されます。

論文情報

  • 論文名: Soft Copper Nanoimprinting via Solid-State Electrochemical Etching for Flexible Optoelectronics
  • 著者: Atsuki Tsuji, Taizo Kobayashi, Junji Murata(責任著者)
  • 発表雑誌: ACS Applied Materials & Interfaces
  • 掲載日:2025年2月27日(木)(現地時間)
  • DOI: 10.1021/acsami.4c20732
  • URL: https://doi.org/10.1021/acsami.4c20732

用語説明

  • ※1 ITO
    :酸化インジウムスズ(Indium Tin Oxide)の略称。電気を通しながら光を透過する特性を持つ透明導電材料。主にタッチパネル、ディスプレイ、太陽電池などに用いられている。
  • ※2 高分子電解質膜(Polymer Electrolyte Membrane; PEM)
    :固体の状態で液体のようにイオンが電気伝導を担うフレキシブルな膜。燃料電池等に用いられている。
  • ※3 電気化学反応
    :溶液中に浸漬された金属等の電極間に電気を流すことによって生じる化学反応。電気分解や電池などに応用されている。
  • ※4 フォトリソグラフィ
    :写真現像技術を活用した微細加工技術。半導体素子の製造に多用されている。
  • ※5 フォトレジスト
    :リソグラフィなどの微細加工技術において、加工したくない部分を保護する高分子膜。

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