RARAコロキアム特別企画レポート
対談「研究とビジネスの両輪で社会課題に立ち向かう
――“サイエンス”のライフサイクルを回すには」
2025年2月25日(火)に開催した髙橋政代RARAフェローと徳田昭雄副学長による特別対談をレポートします。本企画は、立命館先進研究アカデミー(RARA)がフェローらのスキル研鑽の場として開催する「RARAコロキアム」を特別に一般開放したもので、立命館大学と株式会社VC Gene Therapyの共催で実施しました。

対談は、大阪うめきたにある立命館大学の新たなイノベーション拠点「ROOT」で、ライブ配信で行われました。学内外より約200名の参加申込がありました。
ゲストは網膜変性疾患の第一人者として、技術開発から医療制度の改革まで総合的に取り組むRARAの髙橋政代フェロー。対談相手は立命館大学の徳田昭雄副学長。約1時間、医療と研究の視点から、ビジネスとの関わりや社会課題へのアプローチについて語り合いました。司会は立命館大学研究部副部長の毛利公一教授(情報理工学部)が務めました。
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髙橋政代 株式会社VC Gene Therapy 代表取締役、立命館先進研究アカデミーRARAフェロー 1986年に京都大学医学部を卒業し、1992年に同大学大学院医学研究科を修了。京都大学医学部附属病院、米国・ソーク生物学研究所研究員を経て、理化学研究所にて網膜再生医療研究を牽引。2019年に株式会社ビジョンケアの代表取締役社長に就任し、遺伝子・細胞治療の子会社を設立。 |
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徳田昭雄 立命館大学経営学部教授。2021年1月から2025年3月まで副学長(研究・学術情報・国際連携・ダイバーシティ&インクルージョン担当) 専門はイノベーション論、標準化研究。1994年に立命館大学経営学部を卒業し、1997年に同大学院国際関係研究科博士課程前期課程を修了。2000年に同大学院経営学研究科博士課程後期課程を修了し、経営学博士を取得。 |
#1 研究成果の社会実装に向けた挑戦
冒頭、司会の毛利教授から対談の主導を任された徳田副学長は、「立命館大学はR2030に向けて次世代研究大学の実現を目指しています。その狙いは何かというと、研究は社会的なインパクトを創出するためにあるべきだということです」と切り出し、研究成果をどう社会に実装するかが大きなテーマであると述べました。
その上で、「ただ、サイエンスや研究の成果を社会実装に結びつけていくことは、なかなか難しい事です。髙橋先生はどうやって研究をビジネスにつなげ、現在のスキームを確立されたのでしょうか」と問いかけました。
髙橋フェローは、「私が研究しているライフサイエンスでも、いわゆるWHYを追究する基礎研究と、HOWを研究する応用研究では全く目的のベクトルが異なるため、社会実装が難しい分野があるのはよくわかります」と話しました。
その一方で、「アメリカの研究員時代には、基礎研究から生まれた副産物が知財となって循環し、それによって大学が潤っていた」と話し、「同じようなエコシステムを回してみたいと思った」と振り返ります。
そうした想いから、髙橋フェローは理化学研究所在籍中に会社を立ち上げます。しかしその後、会社の役員と研究室主宰者の兼務を禁じるルールが制定されたため、治療開発とビジネスの両輪を実現するために、理研を離れて自ら社長になる道を選んだそうです。

#2 治療開発への情熱と挑戦の原点
2019年に株式会社ビジョンケアを立ち上げ、RARAのフェローとして研究も続ける多忙な生活を「楽しい」と笑顔で話す髙橋フェロー。
徳田副学長は「そのバイタリティとキャラクターはどのようにして育まれたのか」と問いかけます。
「私が基礎研究からではなく、応用研究から治療開発の道に入ったのは性格にも影響しているかもしれません。世界初のものを見つけるよりも、外来に訪れる多くの患者さんを治したいという気持ちの方が強かったですね」と髙橋フェローは言います。
さらに「幹細胞という新しい概念に触れた時期が早かったので、世界で幹細胞の秘めた可能性を知っている眼科医は私だけで、これを使った治療を開発するんだという運命的なものを感じていた」と話しました。
当時は基礎研究を行う研究者が大半だった理化学研究所にも、髙橋フェローは応用研究をやりたいと公言して入ったそうです。
「最初は怖くて小さくなっていましたが、次第に実用化研究の重要性が理解されるようになり、最終的には60人程度のラボになっていきました。自らの殻を破り、周囲を巻き込んで前に進めた成功体験は、その後のキャリアチェンジにも大きく影響していると思います」。

#3 次世代研究者育成と学際的連携
現在、髙橋フェローは会社経営や臨床に加え、RARAのフェローとして研究を続けています。RARAでは次世代の研究者を育てることも重要なミッションの一つです。
徳田副学長が「立命館大学のほかの研究者と相乗効果を発揮して研究していただくことや、教育、特に博士課程院生への指導など、いろいろな掛け算が求められる3年間だったと思いますが、どうでしたか?」と問いかけました。
髙橋フェローは「確かに簡単ではありませんが、目的が明確なので動きやすいですね。教育の面では、再生医療に薬学の分野の専門家が少ないということが課題としてありました。そこで、学生のうちから再生医療に貢献できる薬学部の人材を育成する取り組みを進めています」と語りました。
さらに、「すでに2名の方が社会人大学院生として入社しており、即戦力として活躍しています。網膜の研究をしている学生と出会える機会は非常に少ないため、こうした取り組みは大変ありがたいです」と話しました。
ここで徳田副学長から、「RARA学生フェローシッププログラム」について説明がありました。
「この制度では、博士人材の育成を目的に、国がSPRING(※1)を通じて補助金を提供しています。ただし、大学としてもプログラムを用意する必要があり、重要なのは、自身の専門性を活かしながら他者との協働を通じて社会課題の解決を志向するマインドセットとともに、トランスファブルスキル(汎用的に活用できるスキル)を身につけることです。立命館ではこの二つを備える博士人材を“T型博士インパクトメーカー”と呼び、専門分野の枠を超えたスキルを育成することを目指しています。また、育成した博士院生が外部機関で学べる機会を提供することも重要であり、髙橋フェローには大学院生に対するインターンシップの機会もご提供いただいています」と紹介しました。
※1 次世代研究者挑戦的研究プログラム。科学技術振興機構(JST)が実施する、博士後期課程の学生を対象とした支援事業

#4 日本における科学技術の社会実装課題
対談の後半では、「サイエンスを社会実装するサイクル」について話が及びました。
髙橋フェローは、「アメリカでは基礎研究者が会社を設立したり、知財や契約の知識を持っていたりするのが一般的ですが、日本ではなぜそれが難しいのか、ずっと疑問に思っていました。しかし、山口栄一先生の著書『イノベーションはなぜ途絶えたか』(ちくま新書)を読んで、その理由がよく理解できた」と述べました。
「日本の研究がアメリカに劣っているはずはないのに、アメリカの大学は日本の大学に比べ、100倍の知財収入があると言われています。問題はサイエンスのライフサイクルの違いです。前記の本によると日本では新しい技術開発に資金が回るのではなく、中小企業の維持に予算が割かれる傾向が強く、知財をベンチャー企業で事業化する仕組みが整っていなかったのです。今は変わってきています。」と指摘しました。
続いて徳田副学長が「髙橋フェローが実践されている立命館での研究、ビジョンケアでの開発、神戸市民病院での臨床といったエコシステムについて改めてお聞かせください」と尋ねました。
髙橋フェローは「これまで私たちは企業と病院を連携させることで、アジャイル型(※2)で治療開発の最適化を進めてきました。また、極希少疾患を対象とした遺伝子治療の分野においては、立命館のソーシャルインパクトファンドからの出資を受けています。再生医療や遺伝子治療は全く新しい分野であり、新しいビジネスモデルがなければ成り立ちません。そのため、エコシステムを構築し、立命館での基礎研究を組み込んだサイクルを回すことで、医薬品の開発に必要な技術やプロセスを基盤とした実用的な新たなモデルを生み出そうとしています」と説明しました。
「薬学部とのコラボレーションについてもお話がありましたが、創薬モダリティに取り組まれているのですね」と徳田副学長。
髙橋フェローは「そうです。薬学部は創薬の中心であるにも関わらず、再生医療の分野ではなぜか関与が少ないのが現状です。実際に病院で薬を扱うのは薬剤師であり、企業で新薬を開発するのも薬学部の専門家です。また、将来的に病院で細胞治療に関わるのも薬剤部の方々ですから、絶対に必要な存在なんです」と強調しました。
「RARAで研究を始めたことで、あらためてその重要性に気づかされました。現在、再生医療学会の理事たちに『もっと薬学部を巻き込まなければならない』と働きかけています」。
※2 俊敏な」「機敏な」「柔軟な」といった意味を持つ、権限がフラットに分散された自律性の高いチーム。明確なビジョンのもとで短期的にPDCAサイクルをまわし、患者さんのニーズを迅速に反映して医薬品や治療方法を提供・提案できる。

#5 社会的意義のある事業を支援するファンドの役割
ここで、徳田副学長から立命館のソーシャルインパクトファンドについて説明がありました。
「このファンドでは、社会課題の解決を目指すスタートアップに対して投資を行っています。ビジネスとしての成功が不透明な場合でも、社会的な意義の大きい企業に戦略的に資金を提供することを目的としています。髙橋フェローが立ち上げられた企業にも投資を決めました」と紹介しました。
髙橋フェローは「医療業界はほとんどがビッグファーマによって動かされており、100億円以上の利益が見込めないと新薬開発が進まないのが現実です。我々が対象としている網膜の病気も、遺伝子治療で治せると分かっているにも関わらず、開発が進まないのです。そんな中、ソーシャルインパクトファンドの方々が『こういう取り組みにこそ投資すべきだ』と言ってくださり、大変助かりました」と話しました。
さらに、「利益追求だけではないファンドがもっと増えてほしいと心から願っています。今後は、細胞治療や遺伝子治療をスモールビジネスとして持続可能な形で回し、日本に来ればこの病気が治るという状況を作りたい」と展望を語りました。
#6 医療の新たなビジネスモデル構築へ
最後に髙橋フェローは「医療界のUber(ウーバー)になりたい」と意欲を示しました。
「ビッグファーマが手を出さない病気を治すことができれば、日本の存在感は高まり、最終的には大手製薬企業も注目するようになるでしょう。その結果、より多くの患者さんが失明を免れることができます。そうした新たなビジネスモデルを構築することが、私の目標です」と締めくくりました。

本対談のアーカイブ映像を公開しています。以下のURLをクリックし、ぜひご覧ください。
https://youtu.be/v_QevFNSfKk