2025.06.04 NEWS

プラスチックの毒性メカニズムの一端を解明! プラスチックの原料「ビスフェノールA」はレチノイン酸と共に脳、神経形成の異常をもたらすことが明らかに

 立命館大学薬学部の高田達之教授と京都大学・平澤明准教授ら研究チームは、プラスチックの原料であり、内分泌かく乱作用が危惧されているビスフェノールA(BPA)をレチノイン酸(RA)※1とともに発生初期のゼブラフィッシュ胚に曝露すると、レチノイン酸シグナル※2を強め、脳、神経、頭蓋顔面形成の異常を引き起こすことを明らかにしました。本研究成果は、2025年5月14日(日本時間)に、米科学雑誌「Environmental Health Perspectives」に掲載されました。

【本件のポイント】

  • プラスチックの原料・ビスフェノールA(BPA)はレチノイン酸(RA)の毒性を強める。
  • 発生初期にBPAをRAとともに曝露すると脳、神経、頭蓋顔面形成の異常頻度を増加させる。
  • BPAはこれまでエストロジェン様作用が注目されてきたが、RAの共存下ではレチノイン酸シグナルを増強し、生物の初期発生における組織形成に多様な異常をもたらす。

研究成果の概要

 プラスチックの原料として使用されるBPAはこれまでエストロジェン様作用により、ステロイドホルモン受容体を介して生殖や内分泌関連に悪影響をもたらすと考えられてきました。
 本研究ではBPAをRAとともに発生初期のゼブラフィッシュ胚に投与するとレチノイン酸受容体を介して前後軸形成に重要なhox遺伝子発現を促進し、中・後脳の縮小、神経、頭蓋顔面骨格形成の異常頻度を増加させることを明らかにしました。

研究の背景

 我々の生活は衣食住のすべてにおいてプラスチックなどの化学物質に依存し、その恩恵にあずかっています。これらは大変有益なものですが、近年、不妊、生殖器官関連のがんなど生殖・内分泌系の異常・疾病のみならず、アレルギー、肥満、自閉症や発達障害などの神経発達症群の増加が報告され、大量に生産され生体ホルモンに類似した構造を持つ化学物質の関与が疑われてきました。しかしその因果関係やメカニズムは不明であり、生物における化学物質の影響を評価する手段が求められていました。
 プラスチックの原料、缶詰などのコーティング、レシートなどの感熱紙に使用されてきた代表的な化学物質であるBPAは、これまで主に、エストロジェン様作用により、生殖・内分泌に関わる現象に異常をもたらすことが知られていました。一方で脳の構造や、行動に影響するという可能性が実験や疫学調査から示唆されていましたが、このような多様な作用を起こすメカニズムは分かっていませんでした。

研究の内容

 我々はBPAが多様な影響をもたらす原因として、生物の発生初期の基本的なプログラムに影響しているのではないかと考え、動物の発生時、細胞分化や多くの組織形成を制御するレチノイン酸シグナルに注目しました。
 RAは、細胞の成長、分化、胚発生に重要な遺伝子発現をコントロールし、動物の発生過程において、前後軸、中枢神経、心臓、前肢、眼、生殖器官など、組織・形態形成に重要な役割を果たしています。そのため体内におけるレチノイン酸濃度は厳密にコントロールされており、妊娠時のレチノイン酸の不足や、過剰摂取は胎児に形態異常をもたらすことが知られています。
 本研究では、ヒトiPS細胞を用いた実験により、形態形成を制御するHOX遺伝子の発現がBPAを単独で加えても影響はなく、低濃度のRAとともに加えるとRA単独で添加したときより数十~数百倍に増加することを見いだしました。
 生物においてHOX遺伝子の発現はレチノイン酸濃度のグラジエントによって制御され、後脳(将来の小脳、延髄)形成に重要であることが知られています。そこでゼブラフィッシュ胚を用いて同様な実験を行い後脳形成過程におけるhox遺伝子の発現を調べました。その結果、BPAとRAを同時に曝露すると後脳におけるhoxb1a遺伝子の発現部位が前方にシフトし(図1)、脳領域の後方化※3とともに、中脳、後脳の領域を縮小し、さらにマウスナー神経※4(図2)、頭蓋顔面軟骨(図3)の異常の頻度、程度を増加させることを明らかにしました。この現象はレチノイン酸グラジエントによる後脳形成モデルを用いたシミュレーションによっても確かめられました。
 つまり、BPAとRAが一緒にあるとレチノイン酸シグナルが正常な状態より強くなってしまうことで、様々な重要な器官の形をつくる部分に異常が起こってしまうことが考えられます。また、レチノイン酸シグナルが共存する化学物質の影響を受けることから、化学物質が生物にもたらす多様な影響の一端が説明可能です。

図1

社会的な意義

 地球におけるプラスチック汚染は多様な観点から深刻な問題となっています。プラスチックから溶出したBPAなどの化学物質は食品容器、環境を経由して体内に取り込まれ、ヒトの血液、尿、胎盤、羊水、母乳中から検出され、胎児もその発生初期から母体内で化学物質に曝露されていることがわかっています。
 近年、化学物質はこれまで知られていた内分泌かく乱作用に加え、アレルギーなどの免疫系や脳、神経、発達障害にも関連する可能性が示唆されていましたが、なぜこのように多様な影響を有するのかはわかっていませんでした。
 環境中には多数の化学物質の存在が知られ、レチノイン酸様活性物質が存在することも報告されています。RAは催奇性を有するため、特に妊娠中の摂取には注意が必要とされてきました。今回、BPAなどの化学物質が生物の体づくりに重要なレチノイン酸シグナルを強めることがわかりました。
 環境中のRAが単独では生物に影響しない低濃度であってもBPAなどの化学物質が共存するとRAが持つ毒性を強め、生物の神経発達などに影響する可能性も考慮されるため、プラスチックとRAの共存には注意が必要であると考えられます。
 また、iPS細胞が化学物質の影響を評価する良いモデル系になることも示唆しています。

研究者のコメント

 本研究は立命館大学薬学部・細胞工学研究室に在籍した室員・学生の協力を得ました。また立命館大、京大、名大、名城大、滋賀医大、大阪大、遺伝学研究所の多くの研究者の協力を仰いだ共同研究です。

論文情報

  • 論⽂名:Effects of Bisphenol A and Retinoic Acid Exposure on Neuron and Brain Formation: a Study in Human Induced Pluripotent Stem Cells and Zebrafish Embryos
  • 著者:Nishie T., Taya T., Omori S., Ueno K., Okamoto Y., Higaki S., Oka M., Mitsuishi Y., Tanaka T., Nakamoto M., Kawahara H., Teraguchi N., Kotaka T., Sawabe M., Takahashi M., Kitaike S., Wada M., Iida K., Yamashita A., Jinno H., Ichimura A., Tooyama I, Sakai N., Hibi M., Hirasawa A., and Takada T.
  • 発表雑誌:Environmental Health Perspectives
  • 掲載日:2025年5月14日(水)
  • DOI:10.1289/EHP15574
  • URL:https://ehp.niehs.nih.gov/doi/10.1289/EHP15574

用語説明

  • ※1 レチノイン酸(RA)
    ビタミンA(レチノール)が細胞内で代謝され生成する物質。胚発生の初期に体の前後方向に関し、後方を特徴づけるシグナル分子として働く。ビタミンAは必須栄養素
  • ※2 レチノイン酸シグナル
    レチノイン酸(RA)がその受容体と結合することにより、遺伝子発現を介して、発生、細胞の成長、分化を制御するシグナル。胚発生、細胞分化、免疫の制御など多様な生理現象に関わるシグナル伝達経路
  • ※3 後方化
    生物の発生過程において、特定の構造や組織が、本来の発生過程よりも後方、つまり尾部側に位置するような構造に変化すること
  • ※4 マウスナー神経
    魚類後脳に左右に一対存在する大型の神経細胞。魚が突然の刺激から素早く逃げる際の逃避行動を制御する

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