立命館大学総合科学技術研究機構の石原一教授、関西学院大学理学部の田村守専任講師、大阪大学大学院基礎工学研究科の五十川弘行氏(当時博士後期課程)らの研究チームは、分子の中で電子がどのように広がっているかという新たな着眼点の理論により、これまで見えにくかった「分子の指紋」の違いを見分ける原理を明らかにしました。

本件のポイント

  • 広く使われてきたラマン散乱法に、1個の分子の指紋の違いを見分ける新しい理論を提案
  • 分子の中で電子がどのように広がっているかという情報まで取り入れることで、これまで見えにくかった指紋の違いが現れることを示した
  • 単一分子の違いをより精密に捉える道を開き、将来の材料解析や分子計測の発展につながることが期待される

研究成果の概要

 分子には、それぞれ固有の「指紋」(分子振動※1のパターン)があります。光を当てたときに返ってくるわずかな信号を調べることで、その分子に固有のスペクトル、すなわち「分子の指紋」を読み取り、分子の種類や状態を見分けることができます。指紋を読み取る際に用いられるラマン散乱法※2は、物質を壊さずにその中身を調べられる分析法として、化学、材料、医療、薬品検査など幅広い分野で活用されています。近年は、たった1個の分子の指紋を調べる研究が進んでいます(図1)。こうした単一分子計測では、本来はスペクトルの違いとして読み取られる指紋が、分子の中で、実際の指紋のような空間的な「模様」として見えることがあります。

図1 図1 TERS顕微鏡(後述)のイメージ。基板と先端が鋭く尖った金属プローブチップの間に強い光電場が発生し、これによりラマン信号が何桁も増強して単一分子でラマンスペクトル(分子の指紋)を取ることができる。一方、右下図のようにプローブ位置を掃引することでラマン信号の空間的な模様も得られる。

 今回の研究では、電子の広がり方のパターン(多重極構造※3)まで取り入れた新しい理論により、1個の分子の中に、これまで見過ごされていた指紋の違いが、そのような模様の違いとして現れうることを示しました。この成果は、単一分子を見分ける新しい視点を与えるものであり、将来の材料解析や分子計測の発展につながることが期待されます。

 本研究成果は、米国化学会速報誌「Nano Letters」に、3月16日(月)23時(日本時間)に公開されました。

詳細は、以下のプレスリリースをご覧ください。
https://www.ritsumei.ac.jp/profile/pressrelease_detail/?id=1290

石原一教授のコメント

 ラマン分光は長い研究の蓄積をもつ分野です。しかし近年では、鋭く尖らせた金属探針の先端に光を極端に集中させるTERSによって1個の分子を観測し、その内部の違いにまで迫れるようになってきました。分子1個の大きさはおよそ1ナノメートル程度で、地球の直径を1メートルだとすると、これはビー玉ほどの大きさに相当します。そのような極微の世界の中に現れる違いを見分けようとしていること自体が驚くべき到達点だと思います。
 今回の研究では、従来は十分に扱われてこなかった、分子内での電子の空間的な広がり方やそのパターンまでを理論に取り入れることで、これまで見えにくかった「指紋」の違いが、単一分子の中の異なる模様として現れうることを示しました。これは分子計測や材料解析の新しい展開につながる成果です。蓄積の深い分野であっても、最先端へ進むほど新しい問いや挑戦的なテーマはむしろ広がっていきます。
 本研究では、物理を専門とする学生が化学の分野に足を踏み込んでこの問題に挑みました。若い研究者や学生にも、専門の境界を恐れず越え、自分の感性と好奇心を大切にしながら新しい問いを見つけてほしいと思います。

用語説明

  • ※1 分子振動
    分子を構成する原子同士が、バネでつながったように伸び縮みしたり曲がったりする固有の動きのこと。物質の種類や構造によってこの「揺れ方のパターン」が異なるため、物質を特定する「指紋」のような役割を果たします。
  • ※2 ラマン散乱法
    物質に光を当てたときに返ってくるごく弱い散乱光のうち、分子振動のエネルギーの分だけ波長(色)がわずかに変化した成分を読み取る手法。分子ごとに異なる「指紋」のような情報を与えるため、物質の種類や状態を調べる分析法として広く使われています。
  • ※3 多重極構造
    電子状態や状態遷移の空間分布のパターンが、単純な一様分布ではなく、場所によって強弱や向きの違いをもつ構造。今回の研究では、このような電子の空間構造(パターン)を理論に取り入れることで、従来は見過ごされていた指紋の違いが現れうることを示しました。

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