立命館学園コンピテンシーを可視化する ──生成AI活用アプリの実証結果に見る学修支援の新段階
生成AIの教育活用というと、レポート作成支援や質問応答を思い浮かべる人も多いでしょう。そうしたなか、立命館大学で実証が行われた「日々の振り返りアプリ」は、生成AIを学生の自己省察と学びの可視化に活用しようとする取り組みです。
学生はその日の出来事を入力し、AIとの対話を重ねながら、自身の経験を振り返り、言語化し、整理していきます。その過程を立命館学園コンピテンシー・フレームワークと結びつけ、学びや成長の手がかりとして蓄積していくことが、このアプリの中核にあります。
今回の実証は、立命館での学びを通じた成長や変化を可視化し、その伸長を促すアプリケーション開発の一環として、2026年3月2日から13日にかけて実施されました。
対象は大学生・大学院生で、協力者92名のうち84名が実際にアプリを利用し、74名がアンケートに回答しています。第1週の利用者は84名、第2週も73名と、短期間の実証としては一定の継続利用とデータ蓄積が確認されました。
※本取り組みは、2025年8月6日にNTT西日本社と共同で配信したプレスリリース「立命館とNTT西日本、教育向け生成AIの共同開発・活用推進を開始 ~「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実をめざす~」に基づき、教育向け生成AIアプリの開発を進めてきたものです。
背景にあるのは、立命館学園コンピテンシー
このアプリの背景には、立命館学園コンピテンシーを軸に、日常的な自己省察を支える仕組みを構築するという考えがあります。立命館大学では、学園ビジョンR2030が掲げる「イノベーション・創発性人材」の育成に向け、学生が他者との違いを知りながら、自身の強みや価値を認識していくことを重視してきました。
その土台として位置づけられているのが、8つの立命館学園コンピテンシーを軸にした振り返りです。
8つの立命館学園コンピテンシーは以下のとおりです。
日々の出来事を単に記録するのではなく、それをどのような力と結びつけて捉えるかを支援する点に、この取り組みの特徴があります。学生が自身の経験を振り返り、そこに表れている学びや変化を言葉にしていくことで、自分の価値に気づいていく。アプリは、その入口を日常のなかにつくろうとしています。
「日々の振り返りアプリ」の仕組み
アプリの流れはシンプルです。学生はその日にあった出来事を入力し、AIとの対話を通じて振り返りを進めます。対話が重なるにつれて、入力内容をもとに関連するコンピテンシーやエピソードタグが提示され、学生自身がそれらを選び直したり、修正したりすることも可能です。
振り返りが十分に進んだ段階で、AIは対話内容をナラティブ形式の「エピソード」としてまとめます。学生はそれを確認したうえで保存し、保存に同意した内容は個人が特定されないよう匿名化され、他の学習者の参考となるエピソードとして蓄積されます。これらは、類似エピソードの提示や検索機能とも連携します。
この仕組みによって、一人ひとりの経験は単発の記録にとどまらず、学びの履歴として積み重なっていきます。さらに、他者の経験に触れることで、自分とは異なる視点や考え方を知る機会にもなります。立命館大学が描くのは、生成AIが単に答えを返す存在ではなく、学生の経験を学びの軌跡として可視化し、共有可能な形にしていく基盤となることです。
実証で見えた成果――振り返りのきっかけ、言語化、整理
今回の検証で最も明確だったのは、このアプリが「振り返りのきっかけをつくる」「経験を言語化する」「内容を整理する」という段階において強みを発揮した点です。アンケートでは、
「学びや成長・変化を振り返るきっかけになった」が67件(90.5%)
「学びや経験の振り返りが整理しやすくなった」が66件(89.2%)
「自分の考えを言語化しやすくなった」が62件(83.7%)
という結果が得られました。AIとの対話についても、
「自己省察・振り返りの手助けとなった」が54件(73.6%)
「AIが生成したエピソードのまとめに納得できた」が59件(80.9%)
と、高い評価が示されています。
数字の背景には、学生の実感も表れています。
「AIに話すために一日を振り返ると、忘れていたことを思い出して言語化できたり、今まであまり考えてこなかった・これなかったことに対して深く向き合えたりすることができるようになった」
「自分が何気なく過ごしている毎日でも、振り返って何を学んだかを言語化することで頭の中が整理できたから」
「AIと対話することで、自分で日記を書く時よりも自分の気持ちを整理することができた」
こうした自由記述からは、このアプリが単なる記録ツールではなく、日々の出来事を立ち止まって見つめ直すための装置として機能していたことが読み取れます。生成AIが答えを与えるというよりも、学生が自身の経験に向き合うための伴走者となっていた点が、今回の実証の大きな特徴です。
一方で、「次の一歩」を支えるには改善の余地もある
今回の実証はアプリの到達点も率直に示しています。振り返りのきっかけや整理・言語化を支援する機能には高い評価が集まった一方で、「成長実感を得る」「新しい気づきや学びを得る」段階に進むためには、なお改善が必要であることも明らかになりました。
自由記述では、AIによる整理機能を評価しつつ、より踏み込んだ視点の提示や、自然で豊かな対話を求める声が見られました。今回確認されたのは、生成AIが学生の振り返りを支える点で有効に機能するところまでであり、その先にある、経験の比較や傾向把握、フィードバックの充実といった支援は、今後の発展課題として残されています。
他者のエピソードが、新しい視点と学びを深める資源になる
本アプリの特徴の一つが、匿名化された学園内の他者のエピソードを参照できる点です。自分のエピソードに類似した他者のエピソードがレコメンドされる機能と、キーワードやタグを用いて他者エピソードを検索する機能が実装されました。これにより、学生は自分の経験を振り返るだけでなく、他の学習者の経験や考え方にも触れることができます。
実証では、これらの機能について、学びのヒントを得る仕組みとしての可能性が確認されました。類似エピソードについては、「新しい視点や学びのヒントを得るのに役立った」「類似性に納得できた」とする回答が一定数あり、検索機能についても、他者の経験や考え方に触れることによる視野拡張の可能性が示されています。
しかしながら、類似度の精度や、他者エピソードの質に関する課題も挙がっており、改善の余地が大きい段階にあることも明らかになりました。
学生の声
- 「他の人もそう思うんだ、って、普段は分からないことも分かったし私だけじゃないんだって感じれて、とても助かった」
-
「エピソード自体は類似しつつ、得られた学びが異なっているものがあり、新たな視点を得るきっかけとなった」
「自分以外の人の体験を見ることで学びになった」
こうした仕組みの意義は、その場で他者の経験から気づきを得られることにとどまりません。日々の振り返りを通じて蓄積されたエピソードは、学生一人ひとりの経験の記録であると同時に、ほかの学習者が学びを深めるための共有資源にもなっていきます。学びや経験が言語化され、可視化され、蓄積されていくことで、あとから振り返ったり、似た状況の他者の考え方に触れたりしながら、自分自身の学びをさらに深めていくことが可能になります。
実装上の課題として見えてきたこと
実証を通じて、今後の改善に向けた課題も明確になりました。継続利用の観点では、通知機能やスマートフォン対応の不足が大きな要因となっており、日常のなかで無理なく使い続けるための設計が求められています。実際、毎日利用しなかった理由としては、「忘れていた」「時間がなかった」「利用環境」といった回答が挙げられていました。
学生の声
- 「リマインダー機能がないため、意識的にアプリを思い出す必要があり、書く時間帯が夜だと疲労や他の用事で忘れやすい部分があった」
- 「スマホで利用しやすくなるように改善してほしいです。パソコンはやはり、課題をするための道具というイメージがあるため、振り返りのためにパソコンを持ってきて開くのが億劫だと感じました」
- 「何日連続で入力できているかなど、積み重ねや継続が可視化されると継続のモチベーションになると思えた」
また、AIとの対話についても、質問や返答の柔軟さ、共感性、パーソナライズ、新しい視点につながるフィードバックを求める声が見られました。振り返りを支える機能には一定の評価が集まった一方で、対話の質をどう高めるかは、次の段階に向けた重要な論点となっています。
さらに、安心して利用できる設計も欠かせません。「エピソード」「コンピテンシー」「エピソードタグ」を「毎回登録した」は65件(87.8%)、「ときどき登録した」は7件(9.5%)と、登録自体は進みましたが、登録に対して「やや抵抗があった」15件(20.3%)、「とても抵抗があった」1件(1.4%)と、プライバシーへの不安も一定数見受けられました。
今回の設計では、学生が同意した場合に限り、対話内容を匿名化して共有する運用が採られていました。学びの可視化を進めるには、データを蓄積できることだけでなく、その過程が利用者にとって納得感のあるものであることが重要です。
学びの可視化を支える基盤にむけて――大学職員の挑戦
- 立命館大学教学推進課(教学マネジメント)落合 弘望 職員より
今回の取り組みを通じて、生成AIは学生の学びを代行するものではなく、学生自身が日々の経験を振り返り、言語化し、意味づけていくプロセスを支える基盤になりうることが見えてきました。特に、立命館学園コンピテンシーのような枠組みを、学生一人ひとりの具体的な経験と結びつけながら可視化していく点に、この取り組みの特徴があると考えています。
実証では、振り返りのきっかけづくりや経験の言語化・整理を支える面で一定の有効性が確認されました。その一方で、継続利用を支える工夫、AIとの対話の質向上、他者参照機能の改善、安心して利用できる設計の強化といった課題も明らかになっています。
今後は、生成AIによる振り返り・言語化支援をさらに高めるとともに、それを人的支援とどう組み合わせていくかが重要になると考えています。学びの可視化を単なる記録にとどめず、学生の成長実感や新しい気づきや学びにつながる支援へと発展させるための検討を、引き続き進めていきたいと思います。



