STORY #1

「東日本・家族応援プロジェクト」
の10年間を振り返る

村本 邦子

人間科学研究科 教授

被災と復興の「証人」となる
10年間の取り組みをスタート

「東日本・家族応援プロジェクト」は、2011年の東日本大震災を受けて、立命館大学応用人間科学研究科(現:人間科学研究科)のサービスラーニングを含んだプロジェクトとしてスタートしました。このような甚大な複合大災害にあって、対人援助の専門家としてできることはあまりに限られています。その中で遠くからでも長く続けるべきこととして考えたのが、被災と復興の「証人(witness)」になることでした。圧倒的な喪失や厳しい現実にあっては、その苦しみや悲しみの深さを知り、関心を寄せ続けてくれる人の存在が何より支えになることを、これまでの臨床経験で実感していたからです。そこで青森県、岩手県、宮城県、福島県、東北4県の被災地に毎年1回ずつ(計4回)、10年にわたって足を運び、被災者の方々と顔の見える関係を結び、懸命に生き延びようとしている人々の「証人」となると決意し、活動を開始しました。

毎年東北4県を巡回するプロジェクトの要になったのが家族療法家であり漫画家でもある団士郎先生の作品を展示する「家族漫画展」です。これを被災地との「出会いの装置」として、そこに訪れる方々の声に耳を傾けるとともに、現地の支援機関などと連携し各地域のニーズに応じたプログラムを実施。またフィールドワークも行ってきました。対人援助学を実践しつつも地域のレジリエンスに「学ぶ」姿勢を大切にして活動を続けてきました。

辛い経験を「物語り」乗り越える
「土地の力」に感銘を受けた

プロジェクトを通じて気づかされたことがたくさんあります。最も心を動かされたことの一つが、「物語る力」の大きさです。2011年に初めて現地を訪れて以来、東北の民話活動と出会ってきました。その方々の働きがどれほど被災を生き抜く力になっているかを目の当たりにし、強く感銘を受けました。例えばみやぎ民話の会では、震災後半年も経っていない2011年7月に民話の学校を開催し、被災体験を語る場も設けていました。民話を語る身体を作ってきた方々が、命に関わる壮絶な体験を不思議なユーモアを交えて語る。その語りのすばらしさに胸を打たれました。やまもと民話の会は、震災後わずか数ヵ月の間に山元町にある避難所各地を回り、多くの被災体験を聞いて証言集を作っていました。被災から時を空けずにこれほどトラウマティックな体験を被災者が語るということは、臨床心理学の定石では考えられません。しかし、辛い体験を語り合い、共有することで「誰にも分かってもらえない」という圧倒的な孤独感を免れることを実感しました。一対一の支援ではなく、共同体として経験を共有・共鳴し、つながりの中で立ち上がり乗り越えていく姿に学ばされました。

もう一つ実感したのが、地域が持っている「土地の力」の重要性です。地域に伝わる民話や伝承、祭事、信仰などには、過去に同様の大災害に遭い、それを乗り越えてきた歴史と知恵が刻まれています。そうした「土地の力」が今回の災禍を生き延びる力となることも感じさせられました。

10年間、多くの人々の小さな声に耳を傾けてきた「証人」としての責任を果たす一つの形として、そうした声を「普遍的な物語」に描き直したショートストーリーを一冊の本にまとめました。社会やコミュニティとしてトラウマを乗り越え、生き延びていくために共同の記憶、共同の「物語」を紡いでいく。その一助を担えたらと願っています。

これからも現地の声を
聴き、学び、つながり続けたい

2020年は最初に「10年」と決めた区切りの年となるはずでしたが、新型コロナウイルス感染拡大により、現地に赴くことができませんでした。やむなく現地での活動を翌年に延期し、2020年はオンラインで現地とつなぎ、リモートでプロジェクトを実施しました。例年現地で行っているプロジェクトの他、現地に住む院生が撮影したVTRを見ながらのフィールドワークや、集大成として2021年2月にリモートでシンポジウムも開催しました。

苦肉の策でしたが、意外にも現地の人々とつながり続けるための新しい可能性を発見できたことは収穫でした。大学院生が中心となって企画委員会を立ち上げ、例年以上にプロジェクトに積極的に関わることができたのもリモートだからこそです。またフィールドワークやシンポジウムをリモートで行うことにより、それまで参加の難しかった歴代の修了生や学生などが多く参加し、現地の方々と触れ合うことができました。加えて東北4県の現地の方々同士が関係を深められたことも今後につながる成果だと考えています。10年間の総括として1年延期した現地での活動を実施できることを期待しています。

10年間のプロジェクトを通じて、被災地の人々と確固とした関係を築くことができました。今後はWEB会議ツールなど新しい手法も活用し、形を変えつつも現地の方々とつながり続けていきたいと思っています。一方で、いまだ未来に明るい兆しを見出すことができない問題も残っています。原発事故を巡る問題もその一つです。それらと向き合っていくためには、今後も現地に赴き、学び続けていかねばならないと考えています。

2020年度「東日本・家族応援プロジェクトシンポジウム」開催
リモートから「復興の証人」となった1年を振り返る

10年間におよぶプロジェクトの最終年となるはずだった2020年度の集大成として、2021年2月15日、各地をWEB会議ツールで結び、リモートでシンポジウムを開催しました。プロジェクトに参加した立命館大学の大学院生や修了生が活動やそこから得た学びについて報告、青森県、宮城県、岩手県、福島県の各地の皆様も交えたこれまでの活動の振り返り、映画「飯舘村に帰る」の上映と監督を含めた座談会などを通じて、被災地の方々のみならず、プロジェクトに参加した大学院生にとっても震災をめぐるこれまでの経験を「物語り」直すことが互いに学び合い、つながり合う機会となりました。

被災地のレジリエンスから多様な活動へ
全国に広がる「団士郎家族漫画展」

プロジェクトの現地での活動の要として、東北4県の各地において、漫画家の団士郎先生の作品「木陰の物語」をパネルに展示した「家族漫画展」を開催してきました。10年にわたる活動を通じて、漫画に描かれる「家族にまつわる小さな物語」が厳しい現実を生きる被災地の人々の心を揺さぶり、人と人とをつなげる普遍的な力を持っていることを確かめてきました。被災地に留まらず、さまざまな社会的活動に関わる全国の行政・団体から要望を受けてパネルを貸与。「家族漫画展」の取り組みは、東北から全国へと広がっています。

プロジェクトの中心に団士郎家族漫画展を置く。直接被災を扱ったものではないが、誰かの小さな物語に想いを馳せることで、人々とのつながりを感じ、新たな物語を生きようとする力を得ることがあるらしい。そこからまた対話が生まれていく。

地域の支援者の力を高め、連携ネットワークを構築する「支援者支援セミナー」inむつ

東北4県の各地で行われるプロジェクトとして、青森県むつ市において2011年から「支援者支援セミナー」を開催してきました。地域の社会・福祉・介護などの多様な職種で支援に関わる方々が参加。本学人間科学研究科(旧:応用人間科学研究科)の教員がファシリテーターとなり、グループワークや事例検討などを行います。支援者中心の主体的な学びが支援者自身をエンパワーし、地域の力を高めると同時にそれまで地域の課題だった、多職種の支援者連携ネットワークを構築する機会にもなっています。

むつ市のさまざまな領域の家族支援者が集まり、子育ての困難を抱えるむつ市の家族の事例をもとに、グループワークを通して家族の力を見つけ引き出す視点を磨く。多職種が知り合い、地域の持つ力に気づくことで、むつ市の支援者力を高めることを狙う。

「東日本・家族応援プロジェクト in 遠野2011」岩手県遠野市

「東日本・家族応援プロジェクト2013 in 宮古」岩手県宮古市

村本 邦子 著

周辺からの記憶
三・一一の証人となった十年

国書刊行会
2021年7月20日刊行

無関心でいたくない、他人事にしたくない…
東日本大震災を周辺から記憶し、記録してきた十年間の物語。

村本 邦子
村本 邦子
Muramoto Kuniko
人間科学研究科 教授
研究テーマ:DV、虐待、性被害など女性や子どもの被害者への臨床心理学的支援、災害や戦争によるコミュニティのトラウマと世代間連鎖など
専門分野:臨床心理学 、コミュニティ心理学、ジェンダー論

storage研究者データベース

2021年12月27日更新