VOICE
「人らしさとは何か」という問いを、
脳科学と経営の視点から掘り下げていきます。

立命館大学大学院 テクノロジー・マネジメント研究科 教授
東京大学大学院にて薬学の博士号を取得後に、医学や薬学の教育・研究の傍らで早稲田大学ビジネススクールにて経営学修士号(MBA in Technology Management)を取得。早稲田大学理工学術院教授等を経て現職。その間、米国・バンダービルト大学生物学部海外派遣研究員、米国・カリフォルニア大学ロサンジェルス校医学部客員研究員、東京理科大学客員教授、早稲田大学ビジネススクール兼担講師等を歴任。受賞歴は、上原記念生命科学財団研究奨励、早稲田大学ティーチングアワード総長賞、ユーキャン新語・流行語大賞等。
01 ご自身の研究内容について教えてください
「主観」と「客観」のクロストークで、人の思考や行動を探求しています。

現在私は、「人を中心とした経営システム」についての研究を行っています。経営資源にはヒト・モノ・カネ・情報・時間などがありますが、最終的にそれらを活かし、意思決定し、行動するのは結局「人」なのです。思考や行動は、一人ひとりの脳が働いてこそ生まれますので、人が関係する場所はすべてが研究フィールドになっています。
私の研究スタイルの大きな特徴は、脳の仕組みや働きからもアプローチしている点です。従来はその人の行動を外から見て評価することが多かったのですが、それに加えて「脳に直接聞く」という手法を採用しています。たとえば購買行動における消費者のインサイト(隠れた本音)を調査する際には、脳波計を着用してもらってスーパーマーケットなどで買い物をしてもらいます。そうすると、何気なく商品を手に取っているように見えて、それまで穏やかだった脳波が突然ざわつき出すことがあります。このようなとき、本人も意識していないところで、何かに脳が反応していることが分かります。
その他の手法も含めると、脳科学からのアプローチによって人が感じたり考えたりしたことを比較的容易に計測ができるようになったのは、1990年代の後半以降です。今では、アンケートやインタビューで「何が気になったか」を尋ねても、脳が特徴的な応答を示した瞬間と異なるケースもあることが分かってきています。アンケートなどの主観的な回答に、こうした客観的な計測データを組み合わせる「主観」と「客観」のクロストーク。そうすることで、これまでブラックボックスだった無意識的な応答や、感情のゆらぎを可視化し、「人を理解すること」を出発点とした経営システムの設計と運用の在り方を探究しています。
02
MOT(Management of Technology)に携わった経緯について
教えてください
「人らしさとは何か」を探究し続けて、MOTにたどり着きました。

私の研究の出発点には、「人」に対する強い関心がありました。小学生の頃には、6年間同じクラスで過ごし、同じ授業を受けていても、人によって考え方が大きく違うことに不思議さを覚えたという思い出があります。これが「人らしさとは何か」を考えるきっかけでした。その問いを理科系の観点から深めていきたいと考え、脳の研究に進みました。学生時代から脳活動と思考や行動との関係に興味を持ち、神経ネットワークの動的なつながり、細胞内部の情報伝達といったミクロな現象が、記憶や感情という根源的な現象だけでなく、意志決定や行動、ひいては社会というマクロな人間の営みにどう影響しているのかを追究してきました。
その後、勤務先で若手育成の一環としてビジネススクールに通う機会があり、MBAの学位取得に向けて経営学を学びました。その中であらためて気づいたのは、マーケティングや組織設計など、多くの経営活動の背景にはやはり「人」がいるということです。人が物事を感じて学び、何かを意思決定するときに、どのようなことがその背後で働いているのか。それをより深く理解するには、理系の知と経営の視点を融合できるMOTという領域が最適だと感じるようになりました。
MOTは、技術・制度・組織・人のあいだにある関係性を構造的に捉え、そこに働く力をデザインするための学際的な知を扱う場といえます。これは、私自身が取り組んできた「人の内面を丁寧に捉える視点」と、「社会の仕組みを構造的に理解する視点」が交わる接点でもあります。文理を越えて思考し、理論と実践を架橋していけるMOTは、私にとって非常に相性の良い分野だと感じています。
03 立命館イノベーションスクールの特徴について教えてください
「技術と社会をつなぐ、未来の問いを言語化する場」であることです。

MOTは、技術と社会をつなぐプロセス全体を対象とする学問です。新しい技術や知識が生まれても、それが社会に受け入れられ、活用され、価値として定着するためには、制度や組織、文化、ユーザー、経済など、多様な要素との関係性を考慮する必要があります。立命館イノベーションスクールは、こうした構造を捉え、技術の社会実装を可能にする戦略とデザインを研究・実践していきます。
象徴的なのが、カリキュラムに含まれる「未来先導系科目群(フューチャープレナーシップ)」でしょう。ここでは、まだ明確に定義されていない社会課題や価値観の変化に対して、学生が自ら仮説や問いを立て、技術や制度、組織等の形に落とし込んでいくプロセスを重視しています。「イノベーション」は、何かが少しずつ変化していくというよりは、突然新しいものが現れたように見える「非連続」も特徴です。それを考えるためには、既存の枠組みを前提とするのではなく、未来に向けた飛躍を考えなくてはなりません。変化が激しく予測が難しい現代においては、常にアンテナを張る力が求められます。
立命館イノベーションスクールでは、こうした構想や提案を丁寧に言語化し、共有し、議論できる環境が整っています。多様な専門性とバックグラウンドを持つ学生や教員が集まっていることも大きな強みです。年齢や国籍、社会人経験の有無など、多様な背景を持つ人材が集い、学び合うことで、自分だけでは気付けない視点を得ることができるでしょう。また、企業との協働を通じて、社会実装を前提としたプラクティカム(課題解決型長期企業実習)の学びも充実しており、「構想力」だけでなく「実装知」を伴った学びができるのも特長です。
まさに「多様な知の交差点」として、技術・制度・文化・感性といった異なる領域が融合する場といえます。ここでの学びは、未来の変化をただ受け入れるのではなく、自らの問いを起点に、社会の変革を設計する力を育てることにつながると考えています。
04
立命館イノベーションスクールで学ぶ学生たちに
期待することは何ですか?
自分の問いに、誠実であってほしいと願っています。

いまや私たちは、「正解がない問い」に向き合う時代を生きています。既存の知識や技術を使いこなすだけでなく、自ら問いを立て、他者と対話しながら未来を構想する力が求められています。
立命館イノベーションスクールは、まさにそのような力を育てる場です。多様な専門性や経験を持つ仲間と学ぶことで、自分の問いが磨かれ、視野が広がります。実務経験を持つ社会人学生、柔軟な発想をもつ若い学生、異文化を知る海外からの学生、それぞれの多様な視点やリアリティに出会うことが、学びの源となります。
私が学生の皆さんに最も期待したいのは、「自分の問いに誠実であってほしい」ということです。まだ言葉になっていない違和感や関心を見逃さず、理論や実践を通じて深めていく力を、この場でぜひ育んでください。立命館イノベーションスクールは、その挑戦にふさわしい仲間と、真剣に向き合う教員がそろう場所です。ここでの出会いや問いが、きっと皆さんのキャリアと人生を変えるきっかけになると信じています。
取材日:2025年7月