青井大門さん

 有形文化遺産は決して永久不変ではない。ノートルダム大聖堂や首里城の火災などを見た多くの人は、そう感じたことだろう。
 有形文化遺産をデジタル技術で保存する「デジタルアーカイブ」の重要性が高まっている。復元のためには、構造の詳細なアーカイブが不可欠であり、復元できずとも人々の記憶と歴史に刻まれ続けるために、アーカイブが果たす役割は計り知れない。
 立命館大学では、有形文化遺産の「内部構造」を「半透明」で可視化することに成功。外部構造に加えて内部までも一目で見て分かる世界初の「3次元透視可視化技術」を開発した
 青井大門さん(情報理工学研究科博士後期課程2回生)は、その革新的な技術をさらに発展させ、立体半透明画像を「より正確」に「人」が認知できる技術開発を進めている。有形文化遺産を未来に繋ぐ、青井さんの先端研究に迫った。

目次

3次元透視可視化技術とは

 3次元計測のCGは、不透明な可視化が多く、 物体内外の構造を同時には見られなかった。
 青井さんが取り組む3次元透視可視化技術は、全体構造が「半透明」で描かれているため、外部構造と内部構造を目で確認でき、立体構造を直感的に把握できる最先端の技術だ。
 また、従来のCG技術では最小単位が三角形や四角形などの「面」だったが、3次元透視可視化技術では、より精密な画像が描ける「点」での繊細な表現が可能となった
 ※3次元透視可視化技術の詳細は、shiRUto「世界初の“3次元透視可視化”技術で文化遺産デジタルアーカイブは新局面へ」をご覧いただきたい。以下の動画は「3次元透視可視化技術」で再現した山鉾「八幡山」。


 青井さんは、世界初の「3次元透視可視化技術」をさらに進化させようとしている。彼の研究は、半透明立体視画像で表現が難しい奥行きを、人が正確に認知できるようにする「視覚ガイド」の構築だ

正確な奥行きを再現する

 3次元透視可視化技術により、内部構造を半透明かつ立体的に可視化すると、「正確な奥行き」が失われてしまうことがある。3次元透視可視化技術では、実際の奥行きよりも小さく認知されてしまうことがあるのだ(画像の従来手法を参照)。
 「3次元透視可視化技術は、微細な操作、安全性が問われる現場などでの利用も期待されていますが、複雑な内部立体構造を半透明立体視で表現するには、まだまだ課題があります。もし奥行きなどの距離感が正確に認知できるようになれば、さまざまな分野での応用が見込まれます」と青井さんは語る。
 現在、有形文化遺産のデジタルアーカイブで実装を重ね、人が奥行きを正確に認知できる視覚ガイドの構築を目指す。
 「元の3次元データから、角や縁などのエッジ部分を構成する要素を自動抽出し、それらを「実線」で描いて知覚の補正を行うことで、より正確に奥行きを把握できる技術の開発をしています(画像の提案手法)。心理物理学実験の手法を駆使し、視覚ガイドを加えたほうがより奥行きを正確に認知できると実証されつつあります」と研究成果に手ごたえを青井さんは感じている。

エッジ強調の効果

 今後、青井さんが目指すのは、エッジを「破線」で描いて強調し、奥行きを正確かつ見やすく認知させる技術開発だ。半透明画像のエッジを実線で強調すると、前面の線が後面の線を隠れてしまうケースがあり、いかに正確かつ見やすく奥行きを認知させる破線を描けるかに意欲を見せている。
 そして、青井さんの研究の強みは、こうした視覚ガイドの構築のプロセスにある。それは、人が認知する奥行きを、心理物理学の実験で明らかにしようとしている点だ

「人」の認知が重要

 CG/可視化分野の研究は、コンピューターによるCG/可視化の技術・手法が多く、心理物理学実験を活用する試みは少ない。心理物理学実験を行う意義を青井さんは次のように語る。
 「半透明立体視画像が、現場で実用可能にするためには、人がどのようにその画像を正確に認知しているかという点が非常に重要です。そのため、半透明立体視画像が表現する奥行きの距離と人が認知する距離を比較・検証することで、より正確性・実用性の高い半透明立体視になると思っています」。
 しかし、コンピューターでの画像作成やシミュ―レーションだけでなく、実験のために被験者を集めることには苦労が絶えないようだ。
 「画像データ作成は、個人のペースで進められますが、被験者を対象にした心理物理学実験の場合はそうはいきません。被験者との間でさまざまな調整が発生しますし、今は感染対策も行いながら、安全に実験を執り行う必要があり、負担は少なくありません。それでも、心理物理学実験を行うことで、正確性・実用性の高い半透明立体視画像ができ、従来よりも深みのある議論や研究知見を提供できていると思っています」。

実験の様子
実験の様子

完璧は求めない、人からのフィードバックを大切に

 多忙を極める青井さんが大切にしていることは、「時間をかけすぎない」ことだという。
 「実験データの作成と被験者との調整、分析からアウトプットなどを限られた時間内に、効率的に作業することが求められます。修士時代は納得がいくまで徹底的に実験データの調整などに向き合っていました。しかし、今は時間をかけすぎず、与えられた時間内でできるベストなパフォーマンスで勝負していくことを心がけています。また、個人で作業していると、柔軟な思考が失われがちなので、頻繁に先生に助言を求めて、研究の軌道修正を行っています」と話す。

青井さんの作業風景

研究で得られた知見を社会に生かす

 立命館大学では、優秀で意欲の高い博士後期課程の大学院生を「立命館大学NEXT フェローシップ・プログラム」に採択し、先端的な研究を行う多様な分野の研究人材と協働しながら、自らの専門性を深め、幅広い研究視点の獲得を目指すプログラムを実施している。青井さんは、その「立命館大学NEXT フェローシップ・プログラム生」に採択されている。博士後期課程終了後は、大学院で学んだCG、可視化、バーチャルリアリティーの知識を生かし、企業の研究職として活躍したいと考えている。研究で得られた技術を実際の製品に実装し、社会に送り出したいという。
 「民間での就職を考えているため、企業とのマッチングは非常に重要です。プログラムに採択され、大学からそのサポートをしてもらっているので、大変助かります。先日も企業を紹介してもらい、近々その企業とのマッチングイベントのため、新潟に行く予定です」。
 目には見えない内部構造を可視化する3次元透視可視化技術。心理物理学を用いて人が認知する奥行きを正確に再現することで、その技術の実用性をさらに高めようとする青井さん。彼がこの革新的な技術を社会に実装するとき、有形文化遺産のデジタルアーカイブにとどまらず、医療や建築などさまざま分野で社会を豊かにするに違いない。そんな未来を待ちながら、彼の挑戦を見守り続けたい。

青井さん

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